2019年01月05日

(33)課外活動と興行

 くそったれ!
 ライスボウルが終了したとき、思わずこんな言葉が口から飛び出した。あまりにも品のない言葉であり、それを文章にするなんてもってのほかだ。
 けれども、試合が終わって3日目の今朝、なんとかパソコンに向かって今季の最終回となるコラムを書こうとしても、この汚い言葉が頭の中を走り回っている。とても原稿を書く気分ではない。いっそ、前回のコラムのままで、光藤ファイターズの今季を締めくくってしまおうかとも考えた。
 けれども、いかに苦しくても、戦いを最期まで見届けるのが「従軍記者」の務めである。顔を洗い、口をすすいで、あらためてパソコンと向き合っている。
 試合そのものについては、主催者の一員でもある朝日新聞がしっかり書いてくれている。その筆者のリーダー格がファイターズOBの榊原一生君(2001年度卒)と大西史恭君(2007年度卒)。ともにファイターズの内部情報にも通じており、専門記者ならではの冷静、公平な記事を仕上げている。
 だから、僕はあえて試合の進行状況とは離れ、ライスボウルの位置付けと大学スポーツが目指す方向の2点から、僕なりの感想を綴ってみる。見苦しい言葉があるかもしれないが、ご寛恕を賜りたい。
 1、ライスボウルとは
 いうまでもなく、社会人王者と大学王者がフットボール日本1を決める戦いとして位置づけられている。以前は学生チームの東西対抗戦として開催されていたが、1984年以降は社会人トップと学生トップが日本1の座を競う日本選手権となった。当時は、社会人の選手層も薄く、加盟チームの力量も学生側と大差はなかった。逆に大学側には、その前の甲子園ボウルに勝つことを最終目標としているチームが多く、ライスボウルはその勝者に対するご褒美という程度の位置づけをしていたような印象がある。
 少なくともファイターズにとっては、甲子園ボウルに勝つことが至上命題であり、その前に、80年代は京大に勝って甲子園ボウルに、そして90年代は京大、立命に勝って甲子園ボウルに出ること、甲子園ボウルで関東代表を倒して、名実ともに日本1となることが最大の目標とされていたように僕は理解している。だから関西リーグは盛り上がり、互いが互いを意識して切磋琢磨し、全体のレベルも上がった。京大と関学の戦いには3万人の観衆が詰めかけることも珍しくなく、甲子園ボウルで関西リーグの代表が勝っても「当たり前」というような状況が生まれた。
 課外活動としてのフットボールに情熱を傾ける学生と学生が、互いに4年間という対等の時間の中で錬磨し、知恵を巡らせて戦い、純粋に勝つことに誇りを持てた時代といってもよい。
 90年代に入ると、社会人チームの取り組みが本格化し、学生チームもまたライスボウルで勝つことを最終目標にするようになった。とりわけ社会人チームは、大学のスター選手を次々確保するようになり、2000年代に入ると、それがさらに加速された。専任のプロコーチを置いたり、アメリカから選手を呼び込んでチームを強化したりするチームが増え、その実力も年々アップしている。
 さらにいえば、アメリカからの選手が増えるにつれて、試合そのものも「興行・イベント」としての色彩が濃くなり、チアリーダーの応援もショウアップされた。スポーツイベントだから、観客動員が重要視され、それに伴って大音響のクラウドノイズも当たり前になった。
 逆に学生チームは4年間という年限があることに加え、近年はフットボール選手である前に大学生であれ、という流れが定着してきた。ファイターズのように、授業優先の練習時間を設定し、所定の単位を取得しなければ、試合には出場させないとか、練習も制限するとかのルールを決めて取り組んでいるチームもある。
 「興行」である以上、強くあらねばならない。その目的を達成するために人材の補強、指導者の招請、スタッフの強化などチームマネジメントに取り組む社会人チームと、4年限りの短い時間で学生を育て、手持ちの資源だけで勝負する学生チーム。双方のフットボール哲学、目的の乖離は年々大きくなり、それに応じてチーム力の差も開き続けている。その集大成が今年のライスボウルであったといっても過言ではなかろう。
 2、大学スポーツとは
 では、大学スポーツも社会人と同じ方向を目指せばいいのか。日本選手権(ライスボウル)の在り方が現行通りなら、そこで勝つためには、大学側も社会人チームと同等の取り組みをしなければならない。しかし、大学生が取り組む課外活動として位置づける限り、野放図なことは許されない。
 大学生活は20歳前後の4年間。その限られた時間で、学業に取り組みながら課外活動にも力を注ぐ。そこで人格を養い、忍耐力や協調性、思考力や発想力を身に付ける。「どんな男(人間)になんねん」と問い続けて自ら奮起し、明日を信じて身を処していく。
 それが人間としての成長につながり、その成長を担保する仕組みが大学における課外活動であり正課外教育である。
 ファイターズの活動もそうした活動の一つであり、だからこそ、学生たちはその活動に4年間集中して取り組み、涙を流し、喜びを爆発させる。仲間との絆を深め、生涯の友人に巡り会う。
 それはこの1年間、光藤ファイターズが歩んできた道のりそのものである。5月、雨の中での日体大との試合で敗れたところから再スタートしたチームは、何度も奈落の底に落ちそうになりながら踏みとどまった。苦しい関大戦を残り2分からの逆襲でなんとか引き分けに持ち込んだ。2度にわたる立命との決戦も、チームが一体となって乗り切った。手の内が分からないままの甲子園ボウル、早稲田との戦いも、ファイターズならではの戦術を駆使して乗り切った。コーチ陣を含めたチームの総合力でつかんだ勝利といってもよいだろう。
 そうしてたどり着いたライスボウル。試合は大差がついたが、学生代表の戦いとして堂々と胸を張れる試合だったと僕は思っている。大差の中でも必死に走り、パスを投げ、捕り続けたQB、RB、WR陣。それを支えたOLの面々。三笠を中心とする守備陣も頑張った。立ち上がりから強力なタックルで相手エースを止め続けたDLとLB。とりわけ2年生の海崎、繁治の懸命のプレーには涙が出そうだった。DBの横澤、西原、木村、畑中らも終始、相手のレシーバーに食らいついた。
 その結果としての52−17。興行ではなく、大学生が課外活動として取り組んだフットボールの試合として、胸が張れる結果だと僕は思っている。
 ありがとう。光藤ファイターズ。シーズン半ばから急激に成長し、ライスボウルで懸命に戦って散った諸君の姿を僕は忘れない。
posted by コラム「スタンドから」 at 22:26| Comment(5) | in 2018 Season

2018年12月24日

(32)祈りと浪花節

 「ファイターズはよく祈る」と、ファイターズの顧問であり、関西学院の宗教総主事やファイターズの副部長を務められた前島宗甫先生が神学部の「後援会便り」にお書きになっている。
 こんな内容である。
 @ 1月末の卒業生壮行会、4月1日、新チームの練習スタート時、8月1日は秋本番の練習に向けて、そして春、秋のそれぞれの試合前、最終のライスボウルまで勝ち上がると、祈りの時間は都合20回近くなる。
 A 始まりは1977年11月。後に「涙の日生球場」と語り次がれる京大との激戦の前に、チームドクターだった今は亡き杉本公允医師(塚口教会員)が自然発生的に選手たちと祈られたのがきっかけ。その後、元コーチで宗教センターの職員だった古結章司さんが渡米された際カレッジの試合で祈りが持たれていることを知り、取り入れることを進言。ビッグゲームなどで祈りが行われるようになった。
 B 2003年の夏、平郡雷太君が急死した。(ファイターズの副部長だった私は)学生らの要望で記念会を行い、それ以降、試合の直前に祈るようになった。以来今日まで全試合前に行われている。私は退職した後も顧問に任じられ、祈りを担当してきた。これは部長や監督が命じたものではない。部員たちの自主性による。毎年新チームになると、主務が「今年もお願いします」と依頼に来る。
 C 試合開始10分前。選手、コーチ、スタッフ全員が集まる。プレッシャーが最高にかかる瞬間である。聖書を読み、それにちなんで語り掛け、祈る。その間、約2分と決めている。選手たちのテンションの高さは半端ではない。クールダウンさせつつ、モチベーションは下げない。「腑に落ちる」言葉が求められる。
 D 学生たちはどう受け止めているだろうか。「気持ちがぐっと引き締まる瞬間」(2011年、長島義明副将)、「一つになるために必要な時間」(2014年、鷺野聡主将)……。
 以上のようなことを書き「ファイターズは祈りを育ててきた。学生たちが自らの思い、志を育ててきた。グラウンドでまたミーティングで思いをぶつけ合い体現してきた」「強いファイターズであると同時にファイター一人一人の人間性が問われる。関西学院という教育機関の課外教育の意味がここにある」と結ばれている。
 前島先生の祈りだけではない。ファイターズでは、毎年新しいシーズンが始まる前、鳥内監督が新しく4年生になる一人一人の部員と時間を掛けて面談し「どんな男になんねん」「どんな風にチームに貢献すんねん」と問い掛けられる。ビッグゲームの試合前日には必ず4年生とホテルに泊まり込み、選手一人一人の覚悟を問われる。
 小野宏ディレクターは、コーチの時代、これまたビッグゲームの前には第3フィールドの中央に選手を集め、「堂々と勝ち、堂々と負けよ」から始まるカール・ダイムの詩を読み上げ、戦いに挑む戦士の士気を鼓舞されていた。それぞれが魂の深いところに問い掛けるスピリチュアルな試みであり「やらされる」フットボールではなく、「部員自らが思い、志を育てる」手助けである。
 こんな風に書いていくと、ファイターズはなんと窮屈なチームだろう、と早とちりされるかもしれない。しかし、現場でチームに寄り添っていると、決してそんなことはない。
 この前の甲子園ボウル。試合終了間際のファイターズの攻撃シリーズを思い浮かべてみると、それが即座に理解されるはずだ。
 残り時間約1分30秒。得点は37−20でファイターズがリード。タッチダウンを2本とっても追いつかない局面でファイターズの攻撃が始まる。相手陣45ヤードからの第一プレーはQB西野からWR阿部への34ヤードパス。ゴール前11ヤードからの攻撃ではRB富永に立て続けにボールを持たせて第4ダウン残り1ヤード。相手ゴールまで残り2ヤードという局面で足の負傷で試合に出られないRB山口がチームメートに支えられるようにしてRBのポジションに着く。
 ファイターズファンが陣取ったレフト側アルプス席と外野席から万雷の拍手が送られる。立命との決戦で鮮やかな独走TDを挙げただけでなく、今季の攻撃陣を終始リードしてきた彼をどうしても甲子園のグラウンドに立たせたいというコーチとチームメートの思いを汲んだベンチの計らいだった。
 試合後、グラウンドに降り、喜びで顔をくしゃくしゃにしているQB奥野やRB中村らの右腕にそれぞれマジックで「34」と書き込まれているのを見、それが山口自身の手で書き込まれたと聞いたとき、僕は思わず「よっしゃー。これがファイターズや」とコブシを握った。
 近くの大村コーチに聞くと「早稲田さんに失礼かとも思ったんですけど、どうしても最後の場面ではけがで苦労したメンバーを出したかった。山口はもちろん、最後にけがをした西野にも思い切りパスを投げさせられたし、この1年以上、ずっとけがで苦しみながらパートを引っ張ってきた富永も走らせることができた。4年生最後の甲子園。努力してきたヤツが思い残すことのないようにしてやりたかった」という答えが返ってきた。
 まるで浪花節の世界である。けれども、ファイターズにとっては、こうした浪花節のよう気配りは珍しいことではない。2013年、日大と戦った甲子園ボウルでは直前に大けがをした池田雄紀君を副将の鳥内将希君や主将の池永健人君らが抱きかかえるようにしてサイドラインに並ばせたし、翌年はこれまた甲子園ボウル直前にけがをしたWRの横山公則君を周囲の4年生が包み込むようにして入場門を入っていった。
 共同通信の宍戸博昭さん(日大OB)が最近の自身のコラムにこんなことを書いておられる。「全盛期の日大は、篠竹監督の個人商店、ファイターズは組織で勝負する総合商社」「ゲームプラン、プレーのデザイン、コールを含めて、よくコーチングされた関学の選手は相手の弱点を見逃さないしたたかさと高い遂行力を備えていた」……。
 少々褒めすぎのような気もするが、選手に高い精神性を求め、魂の根幹に触れる祈りと、人間の感情に訴え、熱き血を奮い立たせ、涙を共有する浪花節が共存し、融合するファイターズのたたずまいに接していると、なるほど、これが総合商社と呼ばれる理由かも知れないという気がしてきた。
posted by コラム「スタンドから」 at 21:49| Comment(2) | in 2018 Season

2018年12月17日

(31)「日本1」

 甲子園ボウルの激闘が終わり、インタビューや表彰式が終わった後の最後のハドルで、光藤主将が腹の底から絞り出すように声を張り上げた。「ニホン イチ」。しばらく間を置いて「オレらが日本1や」と続ける。その言葉の力強さに、苦しみの中でも決して折れることなく戦ってきた「チーム光藤」の万感の思いがこもっていた。
 2年振りに顔を合わせた早稲田は、前評判通りの強さだった。攻撃では高いパス能力を持つQBとたぐいまれなスピード、捕球力を持ち合わせた複数のレシーバーがおり、突破力を持ったRBも複数いる。主将を中心とした守備のラインも強力だ。全体的にやや前よりに位置したLBの動きも鋭い。
 こういうやっかいな相手に、どこから突破口を開くのか。とにかく立ち上がりの攻防が勝負だ。そう思いながらキックオフを待つ。 幸いなことにファイターズのレシーブから試合が始まる。自陣26ヤードから最初のシリーズ。さて、どう攻めるかと注目した第1プレーはQB奥野からWR阿部へのパス。それが見事に通ってダウンを更新。次はRB中村がするするっと抜け出して13ヤードのラン。わずか2プレーで相手陣に入る。次のパスは通らなかったが、今度はRB渡邊が右オープンを抜けて駆け上がり、一気にゴール前1ヤードまで攻め込む。ここできっちり中村が中央へのダイブを決める。K安藤のキックも、お約束のように決まって7−0。わずか6プレーで欲しかった先制点を奪い、チーム全体に落ち着きをもたらす。
 しかし、相手も強い。最初の攻撃シリーズからランとパスをバランスよく織り交ぜて一気に攻め込んで来る。途中、ファイターズはDL三笠が強烈なQBサックで相手を追い込んだが、相手はそれにひるまず、思い切りのよいパスを投げ込んで陣地を進め、これまたわずか8プレーで同点。
 懸念していた通り、やっかいな相手だ。難しい試合のなるぞ、と懸念していた矢先、DB畑中が絶妙のインターセプトを決める。地面すれすれの低いパスに、一瞬の迷いもなく飛び込み、ボールを確保する。
 この好機に、安藤がFGを決めて10−7。再びファイターズがリード。
 圧巻は2Qに入ってからの攻守の動き。まずは開始早々、安藤が2本目のFGを決めて13−7。この前後から守備のリズムがよくなり、DB荒川のパスカット、三笠の2本目のQBサックなどが飛び出す。極めつけは、その次のプレー。第4ダウンで蹴った相手パントをLB板敷がブロック、こぼれたボールをLB海崎が確保し、16ヤードをリターンして相手ゴール前1ヤードに迫る。
 その好機にQB光藤がするするとラインの穴をついてTD。勢いに乗ったファイターズは次の攻撃シリーズでもRB三宅が41ヤードの独走TDを決め、27−7とリード。そのまま前半終了。
 後半になってもファイターズの攻守のリズムは崩れない。最終的には相手に2本のTDを許したが、ファイターズもしっかりTDとFGで10点を追加し、37−20で試合終了。昨年、日大を相手に敗戦を喫した悔しさを晴らした。
 さて、勝因はどこにあるのだろう。結果はすべてグラウンドにあるという。
 その視点で見れば、まずは守備陣の健闘が挙げられる。リズムに乗れば、ランでもパスでも、一気にTDまで持ち込む能力のある選手を揃えた早稲田を相手に、彼らはその力を存分に発揮させないまま、試合終了まで耐え続けた。1列目の中央を支えた藤本、エンドから再三、スピードに乗ってQBに襲いかかり、二つのQBサックと、生涯初めてというインターセプトを記録した三笠。これぞ最前列を守る豪傑というプレーで、相手の選択肢を一気に狭めてしまった。
 2列目の中心を担った海崎、繁治の2年生コンビ。さらにはDLとの兼任で能力を開花させた二人の3年生、大竹と板敷の活躍も光った。3列目は4年生の横澤、西原、荒川、木村が適切な反応で相手のボールキャリアに食いつき、最後の砦を3年生の畑中が守った
 攻撃陣の動きも安定していた。先発したQB奥野はもちろん、途中から出場した光藤と西野がそれぞれの持ち味を発揮して攻撃のリズムをつくり上げた。松井、小田、阿部という傑出したメンバーが代表するレシーバー陣が的確なブロックと捕球でそれを支えた。OLもシーズン当初はバタバタしていたが、リーグ戦の後半から、見違えるような安定感をみせた。RB陣では大黒柱の山口がけがで欠場したが、その穴を同じ4年生の中村や傑出したスピードを持つ3年生の渡邊、2年生の三宅が埋め、痛手を感じさせなかった。
 キッカーの安藤、スナッパーの鈴木、ホールダーの中岡を中心としたキッキングチームの安定感も素晴らしかった。
 このように名前を挙げて行くと、今季のファイターズには、甲子園という舞台で輝いた星が数え切れないほどいることが分かる。傑出した能力を持った「豪傑」と呼ぶにふさわしいプレーヤーもいるし、彗星のように表れた新星もいる。グラウンドに立つそれぞれの選手がそれぞれの分野で活躍する場面を自らつかみ取り、あるいは仲間を輝かせた。そういう集団であるからこそ、やっかいな相手にも真っ向から立ち向かい、勝負を決することができたのだろう。
 それを証明したのがこの日、第3ダウンロングという場面で再三登用され、相手攻撃陣に果敢に切り込んでいったDL斎藤らの活躍であろう。
 これは今季の関西リーグを振り返ってもいえることだが、対戦相手はそれぞれに強力だった。守備のラインが傑出していた近大、闘志を前面に出して挑みかかってきた京大、ファイターズ守備陣を翻弄し、ほとんど勝利を手にしていた関大、例年通り攻守ともに強力なメンバーを揃えた立命。そしてこの日、その高い能力の片鱗を随所で見せた早稲田。
 こういう強豪を相手に、ファイターズがどうして勝ち、日本1になれたのか。僕自身、まだ十分に納得できる答は出せていないが、あえていえば、次のようなことではなかろうか。
 一つは自らグラウンドに活躍の場を求めた選手達の精進と努力。それを支えたマネジャーやトレーナー、アナライジングスタッフの献身。それによって技量がアップし、試合ごとに活躍の場が広がって、選手自らが半歩、一歩と前進し続けたからではないか。
 二つ目は、そうした選手たちの力量を見極め、それぞれの力を生かす攻め方、守り方を決めていったベンチの采配やコーチ陣の能力の高さである。その要求を受け止め、自ら活躍の場を求めた選手たちのフットボール理解力の向上も勝利に大きく貢献したはずだ。
 さらにいえば歴代のチームが培ってきたチームのたたずまい、OBの方々の物心両面の支援も含めて、ファイターズはそれぞれの分野でほんの少しずつかもしれないが、ライバルたちを上回っていたのではないか。
 そのトータルがこの日、甲子園で戦う権利をもたらし、その勝者となる道を開いたのだろう。試合終了後のハドルで、光藤主将が「日本1」と雄叫びを上げ、しばらく間を置いて「俺たちが日本1や」と叫んだ言葉にはそれだけの重みがある。
posted by コラム「スタンドから」 at 10:54| Comment(2) | in 2018 Season

2018年12月11日

(30)プライズマーク

 ファイターズには、公式戦で活躍した選手を称えるために「プライズマーク」を贈呈する仕組みがある。僕のように観客席から眺めているだけの人間の目にも明らかな活躍をした選手はもちろん、たとえ地味であっても、控えのメンバーであっても、経験を積んだコーチから見れば高く評価できるプレーをした選手に与えられる。
 もちろん、どんなに能力の高い選手でも、けがなどで戦列を離れてしまえば、1枚ももらえない。逆に下級生であっても、試合に出場し、目を見張る活躍をした選手にはその活躍に応じて1枚、2枚、3枚と与えられる。
 だからそのマークをより多く獲得した選手がシーズンを通じて活躍した選手であり、チームのためにより多く貢献した選手といってもよい。
 その証しがプライズマークであり、選手はそれをヘルメットに貼り付けて自身の励みとし、より一層、チームに貢献しようと努力するのである。
 先日の西日本代表決定戦、立命館大学との戦いでは、そのプライズマークが驚くほど多くの選手に、驚くほど大量に与えられた。例えば、ディフェンスでは先発メンバー全員に3枚ずつ、オフェンスでは攻撃のリズムを作る華麗なパスキャッチを何度も見せてくれたWRの小田や阿部にそれぞれ5枚。試合の流れを引き寄せたQB光藤や奥野、DB横澤、畑中、さらには終始オフェンスの中央を支えきったラインの高木、森、松永らにも数多くのマークが与えられた。
 特記されるのは、前回の試合で一気に10枚を贈られる選手が、同時に二人出たことである。通常の試合では1枚、あるいは2枚と限定的に贈られ、5枚も贈られること自体が珍しい。それが前回の試合では、二人の選手に一挙に10枚ずつが贈られた。そんなことは、僕の記憶にはない。それほどコーチの目から見て、二人の活躍が突出していたのだろう。
 その選手の名前はOLの森とLBを務めた大竹である。ともに3年生。それぞれ高等部時代から活躍していた選手だが、けがなどで伸び悩み、なかなか「不動のメンバー」にはなれなかった。大竹は今季、何度も先発していたが、同じポジションで活躍している2年生の海崎や繁治の影に隠れていた。森にいたっては高校時代の同期、森田に先発の座を占められ、けがもあってほとんど出場機会がなかった。
 それがあの大一番で大活躍。大竹は果敢な突進で相手ラインを突破し、強烈なロスタックルを何度も決めた。森は終始ラインの中央を死守してQBを守り、ランナーの走路を開けた。QBを守って当たり前とされる地味なポジションだが、その役割を交代出場にも関わらず、完璧にこなした森と、能力の高い立命のラインを突破し、ボールキャリアに食らいついた大竹。
 二人の動きに目を止め、それをビデオで確認した上で高く評価したのがそれぞれの担当コーチである。スタンドから、常にボールのあるところばかりを追いかけている僕らの目には見えないところをきちんとチェックしているコーチの目に驚くと同時に、活躍した選手にはその活躍振りに応じて「プライズマーク」を惜しげもなく贈呈し、活躍を称えるベンチの冷静にして的確な判断に、いまさらながら感動した。
 さて、今度の日曜日は大学王者を決める甲子園ボウルである。昨年、日大を相手に悔しい敗北を喫したその舞台に、ファイターズが全員で戻ってくる。今季の総決算ともいえるその試合で活躍するのは誰か。東の強豪を相手に、誰が突破口を開き、誰が守護神の役割を果たすのか。
 僕としては出場選手全員に3枚、あるいは5枚とプライズマークが贈られ、その上で試合の流れをつかみ、決定づけるプレーをした選手に3枚、5枚と奮発されるような試合を期待する。さらにいえば、サイドラインに並んだ選手、スタッフ全員に3枚、5枚と出したくなるような試合になれば、もっとうれしい。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:26| Comment(3) | in 2018 Season

2018年12月03日

(29)魂のドラマ

 ファイターズが劇的な逆転勝利をつかんだ後、選手に一言掛けたくてグラウンドに降りた。しかし、全員で試合終了後の挨拶を終えたばかり。まだ新聞記者やテレビ局のヒーローインタビューが続いているさなかでもあり、なかなか個々の選手には声が掛けづらい。
 とりあえず、手の空いたコーチに「ありがとうございました」と片っ端から声を掛ける。「勝ったのは良かったけど、素直に喜べませんね」という渋い表情のコーチもいるし、感極まったような表情をしているコーチもいる。それぞれ担当している部署の出来不出来を目の当たりにし、さらにこれからの試合を見据えているからこその反応だろう。
 そんな中で、一人「オフェンスは新喜劇みたいやったな」と話し掛けてきたコーチがいる。自他共に許す吉本新喜劇のファンで、普段から「新喜劇は奇想天外。その面白さが分かって初めて、臨機応変、いいプレーヤーになれる」と言い続けているコーチである。
 一瞬、「なんで新喜劇」という表情をすると、「うちのディフェンスは元々、新喜劇やったけど、今日の試合はオフェンスも新喜劇やった」という言葉が続いた。
 その言葉の意味が解せないまま、何とか会話を続け、しばらくしてからその意味を考えた。多分、そのコーチは「新喜劇」という言葉に次のような意味合いを含めていたのだろう。
 「吉本新喜劇は常に前半がドタバタ。番組の終わるまでにどのように収拾するか訳が分からん」「けれども最後はいつものお約束の通りに物語の収拾がついて、見ている方もめでたしめでたし。腹を抱えて笑っているうちに、目出度く番組はお開きになる」と。
 このお約束をこの日のオフェンスに当てはめると、試合の途中まではインターセプトが3回、うち1本はそのままタッチダウン。ファンブルで攻撃権を奪われた分を合わせると、ターンオーバーが4つという、近来にないドタバタ劇だった。しかし、物語の後半になると、それぞれの役者がしっかり役割を果たして劇の進行を支え、気がつけば最後のプレーで逆転サヨナラ勝ち。見事な大団円に仕上げている。この試合を形容するには、喜劇という言葉も悲劇という言葉も似合わない。余りにも結末が鮮やかすぎて人情劇と呼ぶのもためらわれる。ここはやっぱり新喜劇。「ファイターズファンのすべてが喜びの涙を浮かべる新喜劇」と表現するのが一番だろうと勝手に納得した。
 めちゃくちゃなローカルな話で前置きが長くなった。本題に入る。
 12月2日、晴れ渡った万博記念競技場で開かれた西日本代表校決定戦、立命館大学と関西学院大学の試合は、スポ根漫画も顔負けのドラマチックな幕切れとなった。
 ファイターズは前半からリードされ、第3Q終了時点でも16−10と立命がリード。その後、4Q途中にもだめ押しとも思えるFGを決められ、19−10と差が広がる。
 起死回生の一発に賭けようとしても、エースランナーの山口は負傷で退場。エースレシーバーの松井も足を引きずっている。QB奥野のパスで突破口を開きたいところだが、前半から手痛いインターセプトを3発も食らっている。おまけに随時、交代出場し、プレーの選択肢を広げていたQB西野もベンチに下がっている。
 残り時間は7分56秒。ボールは自陣25ヤード。さてどうする。まずは奥野から同学年のWR鈴木に6ヤードのパス。一つおいて次のプレーもWR阿部へのパス。それが見事に決まって相手陣45ヤード。よしっ、と思った瞬間、ホールディングの反則で10ヤード後退。ヤバイ、と思った瞬間、奥野がスクランブルで一気に陣地を回復。あらためて敵陣34ヤードからの攻撃につなげる。
 ここで交代したQB光藤がまたもや17ヤードのスクランブル。相手の反則もあって一気に相手ゴールに迫る。再び光藤が走ってゴール前1ヤードに攻め込んだ後、仕上げはRB中村のダイブで19−17と追い上げる。
 残り時間は3分44秒。相手攻撃を絶対に3&アウトに押さえなければならない局面だ。奮起した守備陣が鉄壁の守りを見せて攻撃権を奪い返す。そのときボールは自陣41ヤード、残り時間は1分56秒。何とかフィールドゴール圏内までボールを持ち込みたいが、残された時間は少ない。
 さてどうするか。ここでも突破口を開いたのは奥野からWR陣へのパス。松井、そして阿部へとミドルパスを立て続けに通し、一気に相手ゴール前12ヤードに迫る。
 ここからはRB渡邊を走らせて時間を消費。残り2秒となったところでK安藤にチームの命運を託した。恐ろしく緊張する場面だったが、安藤が見事に24ヤードのFGを決め、劇的な逆転サヨナラ勝ちを手にした。
 この場面、距離は短かったが、この一蹴りにチームの命運がかかっている。キッカーの安藤はもとより、スナッパーの鈴木、ホールダーの中岡も、さらにいえばキッキングチーム全員の胸中が波立っていたに違いない。けれども、11人がそれぞれの役割を完璧に全うして勝利を呼び込んだ。
 振り返れば、故障明けの4年生レシーバー松井と小田が局面を打開し、それに呼応して同じポジションの阿部が神がかり的な捕球を続ける。試合の終盤、ここぞという場面で登場した主将・光藤の必死のプレーがチームを奮い立たせる。上級生をここで終わらせてはならない、と腹をくくった奥野が前半とは打って変わって正確なパスを投げ続ける。スクランブルで局面を打開する。
 こうしたオフェンスの必死懸命のプレーに守備陣が呼応。4Qに入ってからは厳しく思い切りのよいタックルで相手の攻撃の芽をことごとく摘み取っていった。
 試合の前日、練習後のハドルで主将が叫んだ言葉が耳に残っている。「こんなところで終わってなるものか、俺たちは日本一になるんだ」。その言葉を苦しい試合展開の中で思い出し、グラウンドに立つ全員が体を張って共有したからこその勝利である。吉本新喜劇では、ここまでのストーリーは描けない。ファイターズならではの魂のドラマであると僕は思っている。
 さて、次は甲子園。もう一丁、気合いを入れて頑張ろう。
posted by コラム「スタンドから」 at 06:42| Comment(4) | in 2018 Season

2018年11月28日

(28)檄文

 「2018FIGHTERSの挑戦に参戦お待ちしております」という檄文がファイターズのディレクター補佐、石割淳さんから届いた。
 12月2日に迎える立命館大学との今季最終決戦を目前に、ファイターズOB会のメンバーらに宛てた、いわば決起文である。
 この檄文を読む直前、僕もまた幕末に活躍した長州藩士であり、奇兵隊開闢(かいびゃく)総督でもある高杉晋作が元治元年(1864年)12月、拠点にしている長州・功山寺で開かれた奇兵隊幹部会議で長州藩の正規軍相手に決起を呼び掛けた時の言葉を思い浮かべていた。
 「1里行けば1里の忠、2里行けば2里の忠。たとえ反逆者と呼ばれようと、それが僕の忠節じゃ」。「真(まこと)があるなら今月今宵。明けて正月たれも来る」。
 先週の関西リーグ最終戦は、強敵・立命を相手に勝利を手にした。だからといって、その2週間後の戦いとなる西日本王座決定戦でも勝てるという保証はどこにもない。「絶対にやり返してやる」と牙をむき、全力で立ち向かってくる相手に一歩も引かず、持てる力を100%発揮して初めて、互角の戦いになると見るのが順当だろう。
 実際、リーグ戦の勝者と敗者が逆の立場になった昨年は、リーグ戦で敗れたファイターズが決死の覚悟で戦い、なんとか代表決定戦で勝利することができた。1昨年は、リーグ戦で勝利したファイターズが代表決定戦でも前半、大きくリードしたが、後半は一気に追い上げられ、最後まで勝敗の行方が分からない激戦となった。
 そういうライバルとの戦いである。チームが一丸となり、全員が気力、体力、技術のすべてを発揮して戦わなければ、展望は開けない。どんなに苦しい局面でも、全員が「1歩前に」という気持ちをぶつけなければ戦争にならないのだ。文字通り「1歩進めば1歩の忠、2歩進めば2歩の忠」である。
 とりわけ大事なことがある。攻撃、守備ともに、どんなに苦しい時でも耐え忍び、局面を打開する道を見つけることだ。「真があるなら今月今宵。明けて正月、誰も来る」という言葉がその機微を表現している。
 これを試合に置き換えて解釈すると「苦しい時に突破口を開いてこそ意味がある。点差が開き、試合の行方が見えてからなら、誰でも活躍できる」という意味であろう。
 つまり、先日の立命戦でいえば、先制の独走TDを決めたRB山口の動きであり、彼のために進路を開いたOLの諸君、ブロッカーの役割を果たしたレシーバー陣のプレーがそれに相当する。あるいは絶妙のタイミングで正確なパスをレシーバー陣に投じたQB奥野、そのパスを見事にキャッチし、そのままTDにつなげたWR阿部と小田。奥野に代わって随時出場し、相手守備陣を幻惑したQB西野と光藤。
 相手攻撃を素早い動きと激しいタックルで食い止め続けたディフェンス陣の動きもそれに該当するし、終始、的確なパントを蹴って陣地を回復し続けたキッキングチームの活躍も忘れてはならない。
 彼らはすべて「真があるなら今月今宵」と参集したメンバーである。
 その気持ちを12月2日に控えた決戦で、もう一段高められるかどうか。
 そこに勝敗の分岐点がある。
 先週末は、和歌山知事選などの関係で上ヶ原まで練習を見に行くことはできなかった。だからいま、チームがどんな状態にあるかは分からないし、報告もできない。けれども、遠く離れていても激励の言葉は送れる。
 そう思って僕が思いついたのが高杉晋作の「真があるなら今月今宵」であり「1里歩めば1里の忠、2里歩めば2里の忠」という言葉である。
 1歩でもいい、2歩でもよい。2018年度ファイターズのすべてをかけて進んでもらいたい。「真があるなら今月今宵」という覚悟で決戦に臨んでこそ、道は開ける。
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2018年11月20日

(27)第一関門突破

 関西リーグ最終戦、立命館との試合は、何とも評価が難しかった。現場で応援している時も、試合が終わってからも、喜んでいいのか、喜んでいる場合ではないのか、僕には判断がつきかねた。
 最終スコアは31−7。得点と試合経過だけを見れば、前半で先行し、後半の勝負どころで攻守がかみ合って、余裕で逃げ切ったと言っても間違いはないだろう。
 でも、現場で一つ一つのプレーを見ている限り、とてもそんな余裕はなかった。
 前半、先攻のファイターズはRB山口が魂の走りで52ヤードの独走TD。さらに第2Q半ばにはQB奥野がWR阿部に19ヤードのTDパスを決めて14−0。
 互いにディフェンスが踏ん張り、攻撃陣が非凡なプレーを見せつける中で、ファイターズがなんとか先手を取ったが、攻守ともに傑出したプレーヤーがいる相手も強い。RBにもWRにも一発タッチダウンの危険性を漂わせた選手が何人もいる。一つ流れが変われば、2本や3本のTDは立て続けに奪われそうな予感さえする。
 悪い予感はよく当たる。第2Qの終了間際、相手ゴール前7ヤードに迫り、ようやくリードと呼べるほどの差がつくかと思ったが、案の定、そこを決めきれない。短いフィールドゴールがゴールポストに当たってしまい、決定的な3点を取り損ねてしまう。やばい。勝利の女神が逃げ去ってしまうのではないかという、嫌な予感さえ浮かんだ。
 案の定、後半は立命が盛り返す。立命陣13ヤードから始まった第3Q最初のシリーズ。相手はテンポのよいラン攻撃で立て続けに3度、ダウンを更新。存分にランに注意を引きつけた上で、関学陣35ヤード付近からゴールをめがけて長いパス。ファイターズDB陣と競り合った相手のエースがそれを横取りするような形でキャッチしてTD。たちまち14−7と追い上げられる。
 相手は勢いに乗っている。前半は得点差こそついたが、見た目には互角の攻防だった。それが後半、相手は最初のシリーズでTDをもぎ取り、攻撃のリズムをつかんだ。やっかいな相手が調子づくとヤバイ。ファイターズがどう立ち向かうか。何とか、この流れを断ち切ってくれ。祈るような気持ちで応援する。
 そんな状況を切り開いたのはファイターズの誇るQBとレシーバー陣。第3Q終了間際に奥野からのミドルパスがWR松井と阿部にヒット。一気に相手ゴール前に迫る。その好機に安藤がFGを決め17−7と差を開く。
 この3点が守備陣を落ち着かせ、勇気付ける。それまでは強力なランと短いパスをかみ合わせ、テンポ良く攻め込んでくる相手に、受けて立っていた面々が俄然、攻撃的になってくる。LBの2年生コンビ、海崎と繁治が競うように相手に襲いかかり、DBが低くて強烈なタックルを決める。三笠と藤本を中心にしたDL陣も素早い動きでQBサックを連発する。
 こうなると、攻撃陣にも余裕が出る。相手ゴール前45ヤードから始まった次の攻撃シリーズ。その第1プレーでQB奥野からWR小田へパスがヒット。それを確保した小田が一気に相手ゴールまで突っ走って45ヤードのTD。さすがは元高校球児。夏の甲子園で余裕の盗塁を決めた快足と、大学4年間で習得した捕球センスは、レベルが違う。
 得点は24−7。ここで立命サイドは緊張の糸が切れたのか、それともファイターズ守備陣が自信を持ったのか。相手が起死回生を狙って投じたパスをDB畑中と横澤が立て続けに奪い取って攻撃の芽を摘み取っていく。それまで試合に出ていなかった交代メンバーのDL斎藤、春口らも低い姿勢から突き刺さるようなタックルでQBに仕事をさせない。
 最後はRB渡邊が19ヤードを走り切ってTD。終わって見れば31−7と点差は開いた。
 試合中、1プレーごとにノートに記録したメモを手元に置き、このように試合の流れを再現してみたが、ここまでに名前を挙げたメンバーの大半が4年生。奥野と併用されて相手守備陣を混乱させたQB西野と光藤も4年生だ。試合を通じて安定したパントを蹴り続けた安藤に、正確なスナップを出し続けたスナッパーの鈴木も含めて4年生が腹をくくって戦ったことがよく分かる。試合後、報道陣に囲まれた鳥内監督も「4年生は今日ぐらい頑張らな意味がない」と独特の表現で称賛していた通りである。
 けれども監督は続けて「今度はもっと大変な試合になるんとちゃいますか」と釘を刺していた。立命は強い、この日の得点差を地力の違いと勘違いしていたら、大変な目に会う、という戒めだろう。
 実際、今回はファイターズがいち早く試合の流れをつかんだが、次も同じようになる保証はどこにもない。
 逆に相手は、昨年のファイターズと同じ立場であり、必死に立ち向かってくるはずだ。途中、名城大学との試合に勝ち抜いてこそ、という条件付きだが、2週間後には、昨年と全く立場を変えて双方が戦うことになる。
 その試合にどう臨むか。残された時間は2週間足らず。その短い時間に、どこまで集中して練習するのか。未解決な課題をどのように解消していくのか。今回の決戦で、個人としてもチームとしても、相手の力量にそれなりの手応えを得たはずである。それにどのように対応し、どう突破しようというのか。
 12月2日。決戦の日は目の前だ。だからこそ、向こう10日余り。集中して練習に取り組み、死にものぐるいで勝負しようではないか。
 この試合で覚醒した4年生、それに負けじと奮闘した下級生諸君。君たちは第一関門を突破した。関西リーグの優勝者である。その自信と誇りを胸に刻み、チームの総力を挙げて次なる戦いに挑んでもらいたい。これからが本番だ。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:07| Comment(6) | in 2018 Season

2018年11月12日

(26)4年生の覚醒

 シーズンが押し詰まってくると、古い友人たちから電話やメールが届く。
 「先日の関大戦、なんであんなに苦しんだんや。あれが今季の実力か」「振り返ってみれば、京大戦ももう一つしっくりいってなかったな」。大体がこんな風に、連絡をしてきた人が自分の見解を披露し、あれやこれやと話して落ち着く先は「立命戦、大丈夫ですかね」。
 これがファン心理というのか、ひいきのチームに寄せる愛情なのか。僕自身も似たようなことを考えているけれども、もっぱら熱心な友人たちの聞き役に回っている。多少はチームの内情にも通じ、選手やスタッフと話すことはあるけれども、チームのことを部外者があれこれいうのは好みではない。せいぜい紀州・田辺の篤農家が栽培した美味しいミカンを差し入れ、練習後の疲労回復に役立ててもらうことぐらいしかできない。
 それでも時には、これだけは読者の方々にもお伝えしたい、ということがある。例えば、先週末の練習で見掛けたこんな光景である。
 木曜日の夕方、練習前恒例の自主練をパートごとにやっていた時のことである。4年生のスタッフが一人、にこにこして僕に話しかけてきた。
 「明日は防具を着けて練習に参加します。背番号はもちろん42です」
 「ええっ。体は動くんか。張り切ってけがしたらしゃれにならんぞ」
 「大丈夫です。いまはスタッフに転向していますが、元はOL。体は鍛えているので、何とかやれるでしょう。相手のエースになりきって、うちのDBに思いっきり当たります」
 その言葉は嘘ではなかった。翌日の練習前の自主練では、彼が立命館カラーのジャージ姿で練習台を務めた。背番号はもちろん相手エースの42番。よく見れば、その場には大柄な2年生スタッフも防具を着けて参加し、二人とも一切の手抜きなしで練習台を務めていた。
 がつんとぶつかる音、それに勢いよくタックルする守備選手。その姿を見ながら、こういう部員が出てくると本物だ。こういう場面が自発的に生まれることからファイターズの魂が鍛えられる。そう思うと、その練習が終わるまで、その場を離れることはできなかった。
 練習後、思わず声を掛けた。「けがはせんかったか」。「大丈夫です。でも、明日の朝はあちこちが痛いでしょうね」。彼はそういって日焼けした顔をほころばせた。
 プレーの話は書けなくても、こういう話ならいくらでも書きたい。
 例えば練習中、ここ1、2週間で急に存在感が大きくなった4年生が何人かいる。よく見れば、それぞれ長い間、けがで苦しんできた選手たちである。
 例えば、攻撃の中心を担う二人の選手。けがで練習もままならない時期は、遠慮があったのか、練習もままならない体をもてあましていたように見えたが、いまは違う。自分にできることをひたすら続けていた春先からシーズン序盤にかけてとは打って変わって、いまは100%の力で練習に取り組み、超人的なプレーを見せている。もちろんハドルの中でも常に声を張り上げ「全員、オレについてこい」とばかりに周囲を鼓舞している。
 守備の最前列にいる二人の4年生も同様だ。二人とも長い間けがで戦列を離れていたが、いまは常に練習の先頭に立ち、体を張って下級生に見本を見せている。この二人はどちらかと言えば口数は少ない方だが、その分、ともに自らのスピード、体のこなし方を身をもって下級生に体感させている。
 これまで、どちらかと言えば、物静かな紳士が多かった今年の4年生だが、ここまでくると変わらざるを得ないということだろう。選手にもスタッフにも、彼らのように自らが先頭に立ち、実践で見せるメンバーが少しでも多く出てほしい。そしてそれがファイターズのスタンダードになれば、結果は自ずからついてくるはずだ。
 決戦は日曜日。その日までチームの全員が高いモラルを持って練習に取り組み、悔いなく戦ってもらいたい。
posted by コラム「スタンドから」 at 08:44| Comment(3) | in 2018 Season

2018年11月06日

(25)求む!サムライ

 その昔、朝日新聞京都支局のデスクになったとき、前任者から「京都の茶漬け」という助言を受けたことがある。ご存じの方も少なくないと思うが、こんな話である。
 取材先で「ちょうど、時分どきどすな。お茶漬けでもどうどす」なんて誘われても、決して「いただきます」と答えてはいけない。なぜなら、京都人がその言葉を口にするのは「もう話は切り上げてお帰り下さい」という合図である。露骨に帰ってくれと言うと角が立つので「お茶漬けでも」と誘いをかけたような言葉で「お引き取り下さい」と伝えているという説明だった。
 さらにその前任者は、そうした婉曲なサインに気付かないのは野暮な人、もう、おつきあいはごめんこうむります、となってしまうからご用心をといったことを丁寧に説明してくれた。
 京都の人ほど極端ではないが、私たちが日常使用する言葉には、たいてい二つや三つの意味合いがある。それぞれ正反対の意味で使用されることも少なくない。
 例えば、ファイターズでは「相手は強い。全員でやろう。全員で」という言葉を、いろんな場面で耳にする。少なくとも、その言葉を口にしたメンバーは、本気で「全員が団結し、全員でチームを盛り上げ、勝利をつかもう」という意味で使っているはずだが、誰かがその言葉を口にした瞬間、「そうだ、全員だ、きっと誰かがやってくれる」と他人任せにしてしまうメンバーもいるのではないか。
 逆の場合もある。「オレが突破口を開く」「オレがやってやる」と本気で口にしても「アメフットはチームプレー。一人が勝手なことをすると周囲が迷惑する」と言われるかもしれないし、「勝手なプレーは御法度」と叱られるかもしれない。
 そうなると、チームの全員が「安全第一」を志向するようになり、気がつけば個人技で相手陣を切り裂いてやるというサムライは、一人もいないという状態になってもおかしくない。
 今季、いろんな場面で「全員でやろう」という声を聞くにつけても、僕はひそかに、そういう事態に陥るのではないかと危惧していた。チームの団結を強調する余り、一人で局面を突破するサムライのとげがなくなってしまうのではないかと怖れていた。4日、万博記念競技場での関大戦を応援しながら、僕の頭の中にはそんな考えが駆け巡っていた。
 試合はファイターズのキックで開始。相手陣40ヤード付近から関大が攻め寄せる。中央へのラン攻撃と短いパスを駆使して、立て続けにダウンを更新。一気にゴール前まで攻め込み、FGで3点を先制。続く関大の攻撃シリーズも中央のランと素早いパスでぐいぐいと攻め込み、あっという間にファイターズのゴール前に迫る。第2Q入った直後には今度はパスでTD。あっという間に9−0とされ、試合の流れは一気に相手に傾く。
 このピンチを救ったのがQB奥野とWR陣のサムライ魂。自陣25ヤードからの攻撃でまずはWR阿部に短いパス。続くRB山口のランでダウンを更新した直後に、奥野からWR小田への長いパスが通る。そのまま小田が快足を飛ばして一気にゴールまで駆け込んだ。実に63ヤードのTDパスである。
 これで6−9と追い上げたが、この日は守備陣が踏ん張れない。パスとランを織り交ぜ、変化を付けて攻め込んで来る相手攻撃を有効に食い止められず、結局6−12で前半終了。今季初めて相手にリードされた状態でハーフタイムを迎えた。
 後半はファイターズの攻撃からスタート。ここでもWR松井、小田へのパスでそれぞれダウンを更新。さらに奥野から松井へのパスでゴール前7ヤードまで攻め込んだが、残る7ヤードが進めず、K安藤のFGで3点を返しただけ。
 続くファイターズの攻撃も、QB西野から小田、松井、阿部へのパスで相手ゴールに迫ったが、最後の詰めが甘く、結局はFGによる3点で同点に追いつくのがやっとだった。
 逆に関大は、ゴール前の攻防をしのいで勢いを取り戻し、次の攻撃シリーズで簡単にTD。再びリードを7点差に開く。
 残る時間は6分36秒。しかし、西野からWR陣へのパスが通らず、あっという間に攻撃権を相手に渡してしまう。
 しかし、ここは守備陣がぎりぎりで踏ん張り、残り2分2秒で再びファイターズに攻撃権を取り戻してくれた。しかし、ボールは自陣25ヤード付近。これを限られた時間でどうTDに結び付けるか。まさしく全員の結束と、相手守備陣を突き破るサムライの個人技が求められる場面である。
 この局面を突破しなければ明日はない。腹をくくったファイターズオフェンスがようやく一つにまとまる。まずは奥野から小田へのパスを2回連続で通して2度ダウンを更新。一度は奥野が逃げ遅れて10ヤードも陣地を後退したが、今度は松井、小田、阿部へと3発のパスをことごとく決めてダウンを更新。相手ゴール前24ヤードに迫る。残り時間は41秒。タイムアウトは一つも残っていない。ここをどう攻めるか。
 ここでもベンチが選んだのは小田へのパス。相手も徹底的に警戒している場面で小田が確実にキャッチしてゴール前11ヤード。残り時間は11秒。この緊迫した場面で奥野が阿部へのパスを一発で決めてTD。安藤のキックも決まって19−19。やっとの思いで引き分けに持ち込んだ。
 このように試合展開を振り返ると、絶体絶命の場面で、局面を切り開いたメンバーが誰か、という答えはただちに見つかる。すなわち冷静に正確なパスを投げ続けた奥野。そのパスを相手守備陣のマークをことごとく振り切り、すべてキャッチしたレシーバー陣。具体的には松井、小田、阿部の名前が真っ先に浮かぶ。もちろん、おとりになって相手を振り回した鈴木もいるし、奥野を守ったOL陣の結束も特記したい。
一番緊張する場面で、冷静にキックを決めた安藤の活躍も大きく記しておかなければならない。
 もちろん、その直前の関大の攻撃を3&アウトに仕留めた守備陣の奮闘も称賛に値する。もし、あの場面で一度でもダウンを更新されていれば、この劇的な幕切れに至る前に、試合が終わっていたかも知れないのだ。
 このように試合を振り返って見ると、いくら「全員でやろう」といったとしても、全員がその主人公にならない限り意味はない。オレが相手を倒してやるという強い意志を行動で示せるサムライの存在が不可欠だ。
 天下分け目の立命戦までに残された時間は10日余り。求む!サムライ、求む!主人公である。
posted by コラム「スタンドから」 at 06:56| Comment(5) | in 2018 Season

2018年10月30日

(24)ファイターズの窓

 窓という言葉を『広辞苑』は次のように説明している。
 @採光または通風の目的で、壁または屋根にあけた開口部A比喩的に外と内をつなぐものB(山言葉)山稜がV字形に切れ込んで低下したところ。
 僕が毎週のように書き連ねているこのコラムも、いわば広辞苑の言う「外と内をつなぐもの」である。「ファイターズの窓」と呼んでも差し支えはないのではないか。
 ところが、シーズンも深まってくるこの季節には、この窓の機能が衰えてくる。採光も風通しも悪くなってくるのだ。
 練習は毎週末、よほどのことがない限り、見学させてもらっている。部員やコーチの方々と会話する機会も減っていない。情報は目から、耳から、いくつも入ってくる。
 けれども、それをそのまま外部に提供すればいいということではない。
 フットボールは情報戦であり、知能の戦いである。相手に応じた戦術とその徹底が勝敗を左右する。戦いに勝つためには選手一人一人の努力と精進、チーム挙げての士気の向上といった要素に加えて、より多く、より質のよい情報を入手し、分析し、自分たちの有利なように生かしていかなければならない。
 逆にいえば、相手に利用される情報が流出する機会は最小限にしなければならない。たとえ兄弟、親子の関係であっても、チームの事情については保秘を徹底するのは常識であり、ファイターズは常にそのことを部員に指導している。
 そんな事情を知っている以上、たとえ「ファイターズの窓」であっても、部内で仕入れた情報をストレートに紹介することにはためらいがある。これは大丈夫だろうと思ったことでも、見る人が見、聞く人が聞けば、即座に有用な情報になり得る。その情報を生かせる者が勝者になり、情報を失った者は敗退する。
 だから、この時季になると、読者の皆さんにとって興味深いこと、面白いことがあっても、慎重に選別してからでないと紹介できないのだ。大げさに言えば、両手両足を縛られ、口でペンをくわえながら書いているといった状態がこの時季のコラムであり、なんとも不自由な話である。
 けれども、僕も新聞記者の端くれ。取材した話、見聞したことは、ほんの一部でも伝えていきたいという気持ちはある。さてどうしよう。
 考えた末に出てきたのが「ファイターズ自慢」である。
 関西リーグが終盤にさしかかり、この週末は関大、そしてその次の節は立命との戦いが控えているこの状況で、何をいまさらと思われるかもしれない。批判は甘受し、以下、最近思うことを箇条書きにして綴ってみたい。
 @練習環境
 ファイターズには放課後は事実上、ファイターズが専用で利用できる人工芝グラウンドが大学に隣接している。だから4時限、5時限の授業が終了後に駆け込んで来ても、それなりの練習時間が確保できる。授業と練習の両立も工夫次第で可能になる。硬式野球部の隣で土のグラウンドを使い、4年生が水を撒き、トンボを使って整備していた2005年までのことを思うと隔世の感がある。
 学内にはトレーニングルームやミーティングルームも完備しており、授業の空きコマを利用して筋力トレーニングやミーティングにも取り組める。グラウンドのすぐ近くには、OB会がファイターズホールを建設してくださったから、そこで深夜にわたる会議もできるし、練習中に怪我した部員の治療もできる。
 現役の諸君は、この環境を天与のものと思っているかもしれないが、グラウンドとキャンパスが離れている大学や占有で使用できるグラウンドがない大学から見れば、うらやましい限りであろう。こうした環境で課外活動ができることのメリットは計り知れない。
 Aチームの一体感
 創部間もないころから、ファイターズには「俺たちは家族や。仲良くやろう」という不文律がある。上級生は下級生に助けてもらうことを徳として練習の準備をすべて担当し、下級生は上級生へのあこがれを胸に練習に励む。シーズンが押し詰まり、練習の緊迫度が増していくこの時期でさえ、上級生が思い通りに動けない下級生を罵倒したりすることは一切ない。
 いまの時代、そんなことは当たり前だと思われるかも知れないが、決してそうではない。国内の大学のクラブでは、未だに下級生に練習着を洗濯させるのが当然と振る舞う4年生がいると聞くし、グラウンドでの練習さえさせてもらえないこともあるという話も、当の部員から聞いたこともある。
 B工夫のある練習
 練習のやり方に、さまざまな工夫を取り入れているのもファイターズの特色だ。その詳細は書けないが、たまに訪れたOBがあっと驚く工夫がしばしば見られる。先日、グラウンドで見掛けたチーム練習でもそういう場面に遭遇。「誰が考えたか知らないが、恐ろしく頭がいいな」と驚いたことがある。
 練習のスケジュールが秒単位で管理され、運用されているのも特筆されることだろう。20年近く前、縁あって、社会人チームの練習を注視していた時期があったが、時間が限られている社会人チームのタイム管理より、はるかにきめ細かい運用の仕方には、見るたびに舌を巻く。とりわけ、この季節になると、全体の集散がスピードアップする。幹部からの指示も簡単明瞭で、無駄が一切ない。
 毎年、卒業生を送り出し、新しい戦力を育てていかなければならない学生チームには、無駄な時間はない。そういう考え方が、選手にもスタッフにも浸透しているからだろう。
 もちろん、僕が知らないだけで、どのチームにもそれぞれの自慢があり、チーム運営の秘訣があるはずだ。ファイターズだけが特別というのは言い過ぎであり、傲慢であろう。
 だから、今回は他チームとの比較で述べたことではなく「僕の見たファイターズ」という限定を付けて読んでもらいたい。ほんの小さな窓ではあるが、いま、この時期の緊迫したチームのたたたずまいの一端を感じとってもらえれば幸いである。
posted by コラム「スタンドから」 at 20:34| Comment(1) | in 2018 Season