2012年05月12日

(6)背中で勝負

 新聞社で若い人たちと仕事をしていると、折りにふれて「人を育てるのは難しい」と実感する。
 読者がすらすら読める文章が書けない。これはニュースだ、と思うようなことでも、即座に反応しない。怒るべき時に怒らない。読者と喜怒哀楽をともにする感受性がない。何より向上心がない。
 こう書くと、ろくでもない怠け者ばかりのように誤解されるかもしれないが、その実像に接すると、決してそんなことはない。みんな人間としてはいい子ばかり。日常の会話をしていても、いやな気持ちになることがない。取材相手にもかわいがられていることは、彼らの書いてくる原稿からも伺える。
 だが、新聞記者を45年も続けて、それなりにこの仕事に愛着と誇り、自負と自信を持っている人間の基準で見ると、足りないことばかりである。「新聞記者というより、人間として必要なのは向上心。昨日より今日、今日より明日。一歩でも半歩でも前に進むように努力することが肝心」「努力の成果はなかなか目には見えない。でも、そこであきらめたらおしまい。懸命に足を動かし続けていたら、ある日突然、一段上の景色が見えるようになる。ある日気がつけば、こんなに高いところまで登ってきたんだ、と実感できる時が必ずある」というようなことを話し続け、懸命に激励しているのだが、それがなかなか通じない。
 入社して間もない記者はそれほどでもない。昨日できなかったことが今日はできるようになった、1カ月前には2時間もかかった原稿がいまは1時間で書けるようになった、と成長を実感する機会が多いからだろう。人は、自らの成長の手応えをエネルギーにして、さらに成長していく。
 ところが、それなりに仕事を覚えてきたと自分なりに安心している中堅からベテランにかけての記者たちになるとそうはいかない。気持ちでは懸命に仕事に取り組んでいるのだが、その成果がなかなか実感できない。逆に、手を抜いた取材でも、そこそこの記事は書ける。その結果、努力してもしなくても、結局は同じこと、と思うようになったとしても不思議ではない。
 僕の目から見れば、今日は昨日の続きでよし、としている記者と、今日は昨日より一段上の記事が書きたいと思って努力する記者の差は歴然としているのだが、幸か不幸か、その成果は即座には現れない。だから、よほど心してかからないと、昨日の続きでよしとする気分が蔓延する。その結果、職場全体を怠惰な雰囲気が支配し、気がつけば、手の施しようがなくなってしまう。
 そういう事態に陥らないように、老骨にむち打って「人間は成長が命。昨日より今日、今日より明日、という気持ちだ何より大切」と、若い人たちを励ましているのだが、なかなか成果につながらない。他者が「励ます」だけでなく、本人の内部からふつふつと「やる気」が出てこない限り、向上心を喚起させることにはならないのだろう。
 大阪に「やる気とお日さんは出すもんやない。出てくるもんや」という言い方がある。「明日はやったる」「今度こそがんばろう」と自分に言い聞かせているうちは本物ではない。「やる気はあって当たり前」「がんばるのは標準」。それを意識せず、周囲からあれこれいわれる前に、自主的に課題に取り組めるようになって初めて成果につながる、という感覚を表現したものだろう。僕はこの言い回しが気に入っている。
 職場の話から、とりとめもないことをだらだらと書いてきたが、ここからが本題である。ファイターズの諸君も「やる気があって当たり前」「がんばるのは標準」という感覚を是非とも身につけてほしい。コーチや上級生にいわれて「やらされる」のではなく、自らが「俺がやる」「男は黙って、背中で勝負」という感覚で練習に取り組み、試合で力を発揮するのである。
 実際、春からの練習や試合を見ていると、そういう「背中で勝負」という姿を見せている上級生が何人か存在する。WRの南本、小山、LBの川端……。決して口数は多くないが、彼らの見せる一つ一つのパフォーマンスから、今季にかける「気持ち」が伝わってくる。そういう選手をお手本に、それぞれの構成員が自らのやる気を引き出してほしい。
 いまは少数かもしれないが、彼らが特別の存在ではなく「ファイターズの標準」になったとき、このチームは「えげつないチーム」に成長を遂げるに違いない。
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2012年05月03日

(5)生涯の友

 先日のコラムで紹介した「2011年度卒業生文集」の後記に、小野宏コーチが次のような挿話を書いている。ファイターズの同期生で、現在は奈良県御所市の市長を務めている東川裕氏を巡るエピソードである。
 小野コーチはQB、東川氏はトレーナー。役割は違ったが、ともにファイターズで4年間を過ごし、5年生のときは二人とも初めての5年生コーチを務めた。
 東川氏は卒業後、家業の酒屋を継ぎ、そのかたわら街づくりやNPO活動に取り組んでいたが、4年前、周囲から市長に担ぎ出され、全国でも北海道・夕張市に次いで財政状況の悪かった市政の運営を託された。自分の給与を大幅に下げ、退職金も返納。職員の給与も下げ、各種補助金も大胆にカットした。市民から怒鳴りこまれ、議会ではつるし上げられ、大変な苦労をしながら、ようやく「財政健全化団体」から抜け出すところまでこぎ着けた。
 そんな東川氏が市長という孤独で重い職責を遂行するにあたり、いつも心掛けていたことがあるという。それは、小野コーチの後記から引用すれば「苦しい決断は自分一人でするしかない。あれもこれもと迷ってばかりです。そんなとき、いつも川原(同期の主将)やったらどう判断するやろか、小野やったらどう考えるやろか、と考えます」ということだった。
 このエピソードを読んだとき、思わず「生涯の友」という言葉が浮かんだ。自分がもっとも苦しい時に、友達の存在が確かな実感となって脳裏に浮かぶ。「川原ならどう判断するか」「小野ならどう考えるか」
 こうした問いを自らに投げかけた瞬間、迷いは消える。なぜなら、ファイターズで苦楽をともにしたとき、彼らはいつも、こうした問いに的確な回答を示してくれた「友達」であるからだ。「川原が判断するのなら間違いはない」「小野がこう答えるのなら、それに従えばいい」。そういう信頼があるからこそ「問いを投げかけ」ているからだ。
 同期といっても、ファイターズで活動するのは、基本的に4年間。実質的には3年半ぐらいのものだろう。もっと厳密にいえば、自らがチーム運営に責任を持つ4年生の1年間だけといってもよい。その短い期間を互いに支え、互いに励まし、互いに叱咤し、互いに目標達成を目指して精進する中で「生涯の友」と呼べる関係が生まれる。
 しかし、注意しなければならないことがある。たまたま、同じ学年だったとか、同じポジションだったとかいうだけでは、そうした密度の高い関係は生まれない。同好の士が集まり、愉快に楽しい時間が過ごせればそれで目標達成、というサークル活動と、常に日本1の座を目指し、どんなに苦しい状況にあっても、その目標を完遂することに学生生活をかけるファイターズの活動とは、自ずから違いがあるのだ。
 目標が高ければ、要求される内容も高度になる。体力の養成から技術の習得、戦術の理解から精神力の錬磨、チームの運営や下級生の指導、果たさなければならないことは、山ほどある。監督やコーチと信頼関係を築き、卒業生や家族の期待にも応えなければならない。もちろん学業もおろそかにできない。
 毎日毎日、汗にまみれ、体力の限界まで自分を痛めつけ、それでも思い通りにプレーできないことの方が多い。チームメートやライバルチームの選手らが簡単にこなしている技法をマスターできずに、悔しい思いをすることも多いだろう。仲間からののしられ、コーチから罵声を浴びて、うちひしがれることもあるだろう。
 そんな毎日に耐え、日付が変わればまたグラウンドに顔を出す。そしてまたもや苦しい練習に挑んでいく。
 そういう活動の中で、一番頼りになるのは何か。もっとも、心が解放されるのは、どういうときか。
 「生涯の友」はそういう場面で姿を現す。「こいつのためならトコトンやったる」「あいつ一人につらい目はさせない。俺がカバーしてやる」「俺があいつを日本1の主将にする」。置かれた立場で言葉は異なるだろうが、一人一人に「生涯の友」という存在がくっきりとした輪郭を持って立ち上がってくるはずだ。
 「雨の日の友」という言葉がある。晴れた日、つまり物事がうまくいっているときには、相手の方から寄ってくる。けれども、落ち目になったときには誰も見向きもしない。そんな雨天の日にも快く声をかけてくれるのが本当の友である、というような意味である。
 組織がスムーズに運営され、業績も右肩上がりで伸びているとき、個人的にいえば順調に出世の階段を上っているとき、そんなときには周囲のみんなが友人のように振る舞う。けれども、どこかでつまづき、具合が悪くなったときには、そういう友人はいつの間にか姿を消してしまう。世間にはよくあることである。
 そんな友人関係をいくら築き上げても意味はない。ファイターズで活動する以上、雨の日にも互いに傘を差し掛けることのできる友人、生涯の友を得るための努力を日々続けてほしい。それは、汗と涙にまみれ、身も心もさらけ出した戦いの果てに、手にすることができるものだと僕は信じている。
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2012年04月26日

(4)視点の違いが評価を変える

 21日の土曜日は、明治大学との今季開幕戦。「KG,BOWL」と名付け、新入生歓迎の意味を込めた試合だった。
 木曜日に理髪店に行き、髪を切って気分を一新し、金曜日は上ヶ原のグラウンドで試合前の練習を見学。ついでに上ヶ原の八幡神社にもお参りして、勝利と選手の無事を祈願。準備万端整えて土曜日は元気よく王子スタジアムへ。
 いよいよシーズンが始まる。天気は晴れ。スタジアムを取り囲む木々の若葉は一斉に芽吹き、六甲山と摩耶山から吹き下ろしてくる風は肌に心地よい。「薫風香る」という表現がぴったりの天候だ。
 いつもの席に着き、いつもの観戦仲間と試合前の練習を眺めていると、それだけで身も心も高ぶってくる。自分が試合をするわけではないけれども、グラウンドに降りた選手がみな親しい身内、かわいい子どもたちのように思えるからだろう。これから来年1月3日までの長い戦いの火ぶたが切られる、と考えるだけで、気分が高揚する。
 さて、試合である。先発メンバーを見て驚いた。昨年の甲子園ボウルとはがらりとメンバーが入れ替わっている。ディフェンスラインはLBから川端がディフェンスエンドに回り、残る3人は岡部、中前、国安という2、3年生のメンバー。LBの西山、DBの保宗、高も、昨年は交代メンバーだった。
 オフェンスはもっと新顔が多い。甲子園ボウルでスタメンだったのはOLの友國とWR梅本だけ。残りは全員が交代メンバーだった。OLの月山やQBの斎藤はこの春、2年生になったばかり。キッカー、パンターの堀本も、昨年までは大西君の陰に隠れて、ほとんど出番のなかった選手だ。
 4年生が卒業していったという事情を考慮しても、ここまで多くの新しいメンバーが先発するとは思っていなかった。意外でもあったが、同時にまた「冬場に努力したメンバーの力を試合で試してみたい」という監督やコーチの強い意志を感じた。
 とはいえ、これで関東の強豪、明治大学の強力なラインと対等に戦えるのだろうか、という不安がよぎる。というのはほかでもない。前日の練習では、試合に備えたチーム練習をほとんどせず、もっぱら基本的なスキルを身につける練習に力を入れているのを見てきたばかりだったからだ。
 ファイターズのキックで試合開始。立ち上がりはファイターズがDB高のファンブルリカバーやLB坂本のインターセプトなど守備陣の踏ん張りで押し気味に試合を進めた。だが、急所で反則が続出。QB斎藤からWR木戸へのTDパスをふいにしたりして、両軍とも無得点。
 ところが、第2Q開始早々、ファイターズのパントが相手守備陣にブロックされ、そのままTD。思わぬ形で相手に主導権を奪われた。その後も互いにターンオーバーを繰り返す雑な攻撃が続いたが、梶原弟のファンブルリカバーで得た好機にK堀本が40ヤードのフィールドゴールを決め、ようやく試合が落ち着いた。ファイターズは前半終了間際に斎藤からWR梅本、南本、大園へのパスが次々ヒット。相手ゴール前に陣地を進め、最後はRB榎本が2ヤードを走り切ってTD。10−7で前半を折り返した。
 ファイターズは後半、2度目の攻撃シリーズで、RB野々垣のランと斎藤から南本への長いパスで相手ゴール前に迫り、仕上げは斎藤からWR森本への15ヤードTDパス。その直後、明治の攻撃シリーズでTDを返されたが、ファイターズもすぐさまRB後藤が左オープンを走り切ってTD。相手の反撃をDB森岡のインターセプトで断ち切り、主導権を握ったままで試合終了。終わって見れば29−14でファイターズの勝利だった。
 さて、この結果をどう評価するか。
 「ライスボウルの雪辱を」「今年こそ社会人に勝って日本1に」という視点で見れば、攻守ともに物足りない点がいくつもあった。試合後のハドルでも副将の金本君が「こんな試合してて、日本1になれるんか」と大きな声で檄を飛ばしていた。梶原主将も「試合に出ているメンバーはともかく、ベンチの雰囲気が悪すぎる。チームが一丸になって戦っている姿が見えない」と厳しい表情だった。
 では、春の試合は新しい戦力を試す場という視点で見ればどうだろう。実のところ、鳥内監督や大村コーチは、試合の前日になっても「今季は試合前に特別な準備はしない。春は、普段やっていることがどこまで強い相手に通用するか、それが見たい」と話していた。
 その視点で見れば、攻守とも新しい戦力の芽生えがあった。2年生に限ってもOLの月山、RB吉澤は十分使えそうだ。LBの小野と西山も動きがよいし、DBには高校時代から実績のある国吉のほか、バスケットボール部から転じてきたアスリート森岡の動きが目についた。村岡も経験を積めば使えそうだ。DLの岡部と梶原弟の高等部コンビの動きもよい。これからもどんどん試合に出て、経験を積んでほしい。
 もちろん、斎藤と前田という2人のQBにも期待がかかる。昨シーズン、急速に成長した4年生の畑と比較すれば、すべてにおいて見劣りするが、経験を積み、試合の雰囲気に慣れてくれば、持っている才能をもっともっと発揮してくれるだろう。それはRB米田や松岡弟にもいえることだ。
 そう考えると、初戦の結果だけで、今季のファイターズのことを判断するのは早計だ。不満もあり、期待もあるという、ニュートラルな立場で今後を見守りたい。
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2012年04月18日

(3)ファイターズ・デー

 春季シーズンの開幕を前に14日、上ヶ原の第3フィールドでファイターズ・デーが開かれた。午前はファイターズの紅白戦、午後はブルーナイツ、関西学院初等部ファイターズ、中学部ファイターズ、高等部ファイターズ、OBチーム、シニアファイターズ、それにファイターズに入ったばかりのフレッシュマンのチームが参加して、フラッグフットボールとタッチフットボールの試合があった。
 前夜からの雨もあがり、お目当ての紅白戦が始まるころには、初夏のような爽やかな日差し。紅白戦は2年生QB斎藤君が率いるブルーチームと、同じく2年生QB前田君がリードするホワイトチームの対戦。けがで調整中の部員や就職活動中の4年生は参加できなかったが、その分、普段の試合ではあまり見ることのできないメンバーが多数出場することができたので、観戦しているファンとしてはうれしい限りである。
 前後半、各20分の2クオーター制。互いに50ヤード地点から攻撃し、激しいタックルも禁止という「安全第一」のルールだったが、そこは格闘技。試合に熱が入るにつれて、プレーも激しさを増す。前半は、ブルーチームがゴール前9ヤードからQB斎藤君が左オープンに走って先制のTD。ホワイトチームの反撃をフィールドゴール1本に抑えて7−3でリード。
 後半に入るとホワイトチームも反撃。互いにTD1本を奪い合うシーソーゲームとなったが、最後はホワイトチームの前田君がWR南本君にTDパスを決め、17−14で逆転勝ち。紅白戦ならではの和やかな雰囲気の中で、新戦力の台頭と試合の楽しさを味うことができた。
 午後のタッチフットとフラッグフットの試合は、さらに和やかな雰囲気。シニアファイターズチームでは、小野コーチがQBとして出場、びしばしと正確なパスを決める場面があったし、フレッシュマンチームでは、期待の新人が次々に登場。日頃の練習とはひと味違う楽しげな表情で伸び伸びとプレーしていた。ともにKGファミリーが一堂に会し、フットボールを楽しむファイターズ・デーならではの場面。選手の素顔を見ようと駆けつけたファンクラブの人たちも満足げな様子だった。
 本当はその模様を、もっと詳しくお伝えしたいのだが、実は試合の様子をほとんど見ていない。スタンドのいすに腰掛け、主将の梶原君や副将の川端君らと、延々2時間近く話込んでいたからだ。普段、練習を見る機会は多いが、彼らは練習に身を入れている。当然、ゆっくり話す時間はない。けれども、この日は紅白戦の後は、選手たちも比較的手が空いている。そこで、タッチフットの試合を見ながら、今季のチームの運営やリーダーとしての心構えなどについて、彼らの話をじっくりと聞いていたのだ。
 彼らとの話の内容は、チーム内部のことなので、ここでは省略。
 代わりに夕方から、今春チームを巣立っていった前主将の松岡君とDBリーダーだった香山君と会食しながら話したことの一端をご紹介しよう。
 彼らとはこの1年、グラウンドとスタンドとの違いはあっても、互いに熱中してフットボールに打ち込んだ。昨年のチーム作りについての思い出話から、それぞれの成長のきっかけ、リーダーとして心に決めたことやプレーの回顧談。同じ場面を共有したものが同じ関心を持ってフットボールのことを話すだから、どんな前置きも説明も必要ない。いきなり本題に入れる。
 例えば、立命のエースQB谷口君とファイターズの突貫RB望月君の当たりの強さの違いを説明する香山君の話。彼は、二人に本気でぶつかった当事者のみが表現できる言葉で、その強さの違いを説明してくれた。そして、そんなに強い相手に真正面からぶつかって負けなかった自らの修練、そこに至る道筋を話してくれた。
 松岡君は、昨年の夏合宿で練習中に意識を失いかけた時の心境について、これまた当事者ならではの言葉で語ってくれた。
 具体的な言葉は、あえて省略させていただくが、ともに「俺がチームを引き受ける」という責任感があって初めて口にすることのできる表現だった。そういう表現が自然に口から出てくるところに、彼らのこの1年間の取り組みの真実が垣間見えた。その取り組みが二人を成長させたことが実感できた。
 ほんの数時間前、これからの1年、ファイターズをどのようにリードしていこうかと悩み、苦しんでいる新しい幹部たちと話したばかり。新幹部の意気込みとそれに付随する戸惑い、悩みを耳にしたばかりとあって、1年間の重責を果たし、その苦しさを糧に成長し、卒業していく二人の言葉がとりわけ胸にしみた。ファイターズの4年生の背負う荷物の重さを知り、またそれを背負いきったときの果実の大きさを知ることができた。
 新しい4年生もまた、この1年間の重い任務を果たし、来年のいまごろには、松岡君や香山君のような言葉を口にするようになっているに違いない。なぜなら、上ヶ原のグラウンドには、人を人として成長させる磁場があるからだ。
 梶原君、川端君、そして金本君。リーダーの責任は重いけど、それぞれのやり方、手法で壁を突破し、目標を完遂してほしい。その責任を果たしてほしい。どんなに苦しくても、それを自分の力で突破したとき、諸君の前には新たな世界が広がるだろう。松岡、香山の両先輩がそれを証明している。
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2012年04月12日

(2)卒業生文集

 今春もまた、卒業してゆくファイターズの諸君が書いた「卒業生文集」を頂戴した。B5判、48ページ。松岡主将をはじめ、選手、スタッフの皆さんの「4年間の取り組み」「ファイターズへの思い」が、心の底から絞り出した言葉で綴られている。
 最初は一気に読み終え、次はじっくりと読み返し、折に触れてまた読み返している。それぞれが素晴らしい文章である。新聞記者として45年、同時並行で大学生に文章表現を指導するようになって10年。文章を書くこと、鑑賞することについては、それなりの自負を持っている小生が読んでも、全員に「優」を進呈したい気分である。
 例えば、副将の谷山君はがこんなことを書いている。「ファイターズが好きではなかった」「ファイターズの一員として勝つことに取り組んでいたことはなく、個人的に勝つこと、いいプレーをすることしかなかった」「こんなクソみたいな考えしかなく、腐っていた時期も多くあった」と下級生のころを振り返り、「しかし、最後の1年間。4年として過ごした日々の中で私は変化した」「気がつけば抱いていた不満の元凶が見えてきた。それは、何もしないのに、変わらないのに、自ら行動しないのに、不満だけは吐き、不都合だけは大声で訴える。そのうえ、チームからおいしいところだけをとろうとしていた、クズの極みである自分自身である」と自分に刃を向ける。そして最後は「自ら行動し、自ら考え、自らが変え、自らの意思でやることこそが一番重要であるということを学んだ」とまとめる。
 領家杯を受賞したDBの香山君は「私は3回の終わりまでファイターズに必要ない人間だった。すべての物事をチーム単位で考えられる人間ではなかったからだ。何をするにも自分主体で考え、何かマイナスなことが起きたら、先輩や周りのせいにしようとする自分がいた。自分自身そのことに気付いていながらも、変わることにびびってしまうチキン野郎」と自らを省みる。
 しかし、あるコーチとの厳しいやりとりなどから「4回になるにあたって、チキン野郎の汚名を返上しようという闘争心に火が付いた」「サッカーの本田圭介選手の『成功すれば挫折は過程に変わる。だからあきらめない』という言葉にも励まされ、どんな逆境にあってもやり続けようと思えた」。
 その結果「最後の立命戦は、人生であれ以上はないというくらい楽しかった。試合前からの1分1秒が最高の瞬間だった。1年間ともに戦ってきたDEFを誇りに感じた。このままこのチームでずっとアメフトを続けたいと思った」と心情を吐露する。
 ともに挫折、自己否定から始まり、自問自答、自己との格闘を通じて、最後は自分自身の成長を実感して4年間を総括する。その過程を具体的に「自らの言葉」で綴っている。それが素晴らしい。
 二人だけではない。選手もトレーナーも、マネジャーも分析スタッフも、そして高等部や啓明学院のコーチ、5回生コーチも、それぞれがファイターズで学んだことや心残りだったこと、後輩に言い残したいことなどを赤裸々に綴っている。飾りもなければ、嘘もない。その文章が読む者の胸に迫る。名文というしかない。
 「進化し続けるからNO1」と言い切るWR和田君。「1年間の努力を持ってすれば、社会人にも決して負けない試合ができる」「私たちのしてきた努力は正しかった。ただ、ただ勝つためにはこの努力でも足りないということも分かった」と書いた濱本君。
 年間最優秀選手に選ばれ、大月杯も受賞したキッカー、パンターの大西志宜君は、3700字を超える長文の最後を「自分自身、良いキッカーパンターだったと思っているが、凄い4回生ではなかったと思う。後輩たちには、自分の信念を曲げずに、その問題から逃げずに勝負していってほしい。凄い4回生になってくれることを期待している」という言葉で締めくくる。
 それぞれが凄い言葉である。これだけの自信を持って4年間の活動を振り替えることができるというのは、ただごとではない。こういうサムライたちが日本1という目標に向かって努力を重ねてきたからこそ、昨年度のファイターズは「日本1」の座にたどり着くことができた。松岡主将のいう「生きてきて初めて真の仲間ができた」「かけがえのないものを手にすることができた」のである。
 文集を読みながら、卒業していく諸君がこれを座右に置き、人生の節目に読み返して、生きる糧にしてもらいたいと思った。そして後輩たちにも、来春の同じ時期に、こういう文章が書けるまでに自らを鍛え、高め続けてほしいと願っている。
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2012年04月03日

(1)ファイターズファミリー

 気がつけば4月。僕が働いている紀州・田辺では、遅れていた桜もようやく満開。新しいシーズンの始まりである。
 そうなると、ライスボウル終了後、ぷっつり中断していたこのコラムも、再開のときが来たということ。ファイターズの諸君に負けないように、気合いを入れて書き始めなければならない。
 と、元気よく宣言したものの、チームはまだ基礎的な練習ばかり。ときおり上ヶ原のグラウンドに足は運んでいるけれども、特段、みなさまにお知らせするようなニュースもない。強いていうなら「4年生の抜けた穴は大きい」「でも、それぞれのポジション、それぞれの選手ごとに課題を見つけ、それを一つ一つ解消しようと、全員が体作りから取り組んでいる」「体力作りも基礎練習も、例年と同様、あるいはそれ以上に熱がこもっている」と報告すれば、それで完了だ。
 でもそれだけでは、コラムにならない。
 だから、冬場の練習で特別に興味深かった場面を一つ紹介して、1回目の報告とする。こんな場面である。
 たしか、1月末の土曜日だった。いつものようにグラウンドに顔を出すと、QBの諸君が熱のこもったキャッチボールをしていた。4年生の畑君、遠藤君、3年生の橘君、2年生の斎藤君に前田君。ほかにボールを受けるためにキッキングチームのメンバーやWRのメンバーが何人も協力している。その様子をビデオに収録するマネジャーや分析スタッフの顔も見える。
 それでも見知らぬ顔がある。高等部の諸君である。そう、この日は高等部と大学のQBが全員そろって、小野宏コーチからボールの投げ方のチェックを受け、よりよいフォームを探っていたのである。いわば、お兄ちゃんと弟が一緒になってお父さんの指導を受けている光景だった。
 その隣で、一回り大きな男前が二人。手慣れたフォームで悠然とキャッチボールをしている。彼らの顔を見て驚いた。投げているのが三原雄太氏、受けているのが秋山武史氏である。2007年の甲子園ボウルを勝ち、ライスボウルで史上最高のパスゲームを演じたときの主役二人が、現役の大学、高校生に混じって、楽しそうにキャッチボールに興じていたのだ。
 「秋山が体を動かしたいというので、つきあっている」と三原氏。「週末の大阪出張で時間が空いたから三原を引っ張り出した」と秋山氏。かくして2007年のライスボウル以来、初めて上ヶ原のグラウンドで名コンビが復活した。三原氏のパスも健在だが、今も日本のトッププレーヤーとして活躍している秋山氏のスピードはさらにすごみを増している。ターボエンジンが加速するような独特の走りで、三原氏が投げるどんなパスも確実にキャッチ。結局、30分ほどの練習中、1本のパスも落とさなかった。
 「久しぶりのグラウンドは気持ちがいい」と秋山氏がいえば、三原氏も「これからは、努めて週末に顔を出しますよ」と応じる。例えていえば、就職して実家を出た兄二人が久しぶりに実家に帰り、弟たちと旧交を温めている光景。たまたまその場に居合わせWRの小山君も「半端じゃないスピードですね」とびっくり。スピードをつけるためのトレーニングについて質問していた。
 話はそれだけでは終わらない。今度は防寒着をしっかり着込んだ武田建先生の登場である。JVの練習が終わった後、QBの練習を見に顔を出されたのだ。こんなたとえをすれば叱られるかもしれないが、まるで親子の練習を見守る好々爺、おじいちゃんである。
 ついでにいえば、そんな光景をうれしそうに眺めている僕は、親戚のおっちゃん。毒にも薬にもならないけれども、ただそこにいるだけで、なぜかしらその場が和む。そんな役回りをしているとでもいえばよいだろう。
 以上、六甲おろしが吹き下ろし、寒さの厳しい上ヶ原のグラウンドで見た「小春日和」のような光景である。
 それを見ながら、これが「KGファミリーだ、ファイターズファミリーの姿だ」となぜかしら感動した。
 年代を超え、境遇や社会的立場の違いを超えて、ファイターズにつながる多彩な人たちがファイターズのために集まる。そして自分たちの持っている貴重な資産(経験や知識、技術や心意気……)を現役の選手たちに惜しみなく提供する。誰に命令されたわけでもなく、それが当然のように、そして自然な形で実現する。こういう環境を70年余にわたって作り上げてきたのが、ファイターズというチームであり、ほかのチームとはひと味違ったたたずまいである、と僕は妙に感心し、また納得した。
 もちろん、試合会場に詰めかけて下さる熱心なファンやOBの方々、保護者のみなさまの応援は、どのチームにも増して心強い。それは昨季の関西リーグの終盤から甲子園ボウル、ライスボウルへと続く「Vロード」でも実証された。その結束力を指して「ファイターズの底力」という方も少なくない。
 けれども、本当にファイターズがすごいのは、オフシーズンの地味な練習にも、お父さんやおじいちゃん、それに就職して実家を離れたお兄ちゃんらが、当然のように顔を出し、弟たちを励ましてくれる、そんな「ファイターズ愛」にあると僕は思っている。
 以上、あまりにもうれしい光景であり、僕一人の胸に抱えておくのはもったいない話だと思って、紹介させていただいた。
      ◇   ◇
 お知らせが二つあります。
 @新しいシーズンの開幕にあわせて、このコラムを再開。原則として、1週間に1度のペースで更新を続けます。ご愛読いただければ幸いです。
 A昨季のコラムをまとめた冊子「2011年 ファイターズ 栄光への軌跡」を発行し、見事な戦いで大学王者になったファイターズの諸君に贈呈しました。2月の祝勝会でお披露目しましたが、一般の方々には試合会場でお求めできるようにします。1冊500円。売り上げはすべてファイターズに寄付させていただきます。ご協力いただければ幸甚です。
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2012年01月05日

(38)生涯の誇り

 元禄16(1703)年、54歳で亡くなった本因坊道策は、囲碁の世界で古今独歩の名人とうたわれた人である。碁聖ともいわれたその名人に向かって、ある人が「先生がこれまでになすった碁で、十分の勝利をお占めになったのは、いずれの時でしたか」と尋ねた。名人が答えていうには「一番うれしかったのは、安井算知と囲んで1目負けたときでした」。
 この答えに、尋ねた人は驚き「では負け碁なのですか」と聞き返した。
 道策がいうには「さればです。勝ち負けは競技の眼目ですが、どんなことをしても勝ちさえすればよいというものではありますまい。勝負も勝負、相手によるのです。安井算知は古人にも恥じない名人で、あの折り下ろす石の一つ一つが妙手でないのはありませんでした。それで私も考えに考え、思いを尽くし、ついに1手の遅れをとらずに1目負けることができたのは、私の大手柄でありました。これが私の一生涯での一番得意の碁です」。
 以上は、森銑三という人の著した「おらんだ正月」(岩波文庫)からの引用だが、僕はライスボウルにおけるファイターズの戦いぶりを見て、思わずこの話を思い起こした。
 38−28。最終のスコアはファイターズの負けではある。しかし、社会人の代表を相手に一歩も引かず、チームとしての品性を持ち、正々堂々と戦った彼らの姿は、大手柄と呼ぶにふさわしいものだった。「生涯での一番得意の試合です」と胸を張ってよい戦いだった。
 ファイターズの諸君はそれほど雄々しく、また美しく戦った。ゲーム開始と同時にオンサイドキックを成功させて相手を揺さぶったのは序の口。いったんは攻撃権を失ったが、すぐさまLB池田のインターセプトで奪い返し、相手陣40ヤードからの攻撃。この好機にQB畑からWR小山へのパス、畑のキーププレーなどで、一気にゴール前に迫り、仕上げはRB望月の中央突破でTD。大西がキックを決めて7−0。主導権を握った。
 第2Qに入ってすぐ、相手にフィールドゴール(FG)を決められたが、この場面は決められたというより「FGに追いやった」という表現の方が適切。第2ダウンゴール前1ヤードという絶体絶命のピンチだったが、そこでファイターズ守備陣が奮起した。長島、梶原、池永らの第1列が中央のラン攻撃を封じ、DBの香山や重田が突き刺さるようなタックルを連発して陣地を挽回。結局、FGを蹴るしかない状況に相手を追いやった。
 自陣34ヤードから始まった次の攻撃シリーズは望月のラン、畑のキープ、小山へのパスと多彩な攻めで陣地を進める。相手が焦点を絞りかねたところで、ダブルリバースからWR木戸が走ってダウンを更新。さらにWR和田へのパスを成功させてゴール前24ヤードに迫る。一度は攻めあぐね、第4ダウンショートという状況に追い込まれたが、ファイターズ攻撃陣は委細かまわず攻撃を続行。畑が和田へのパスフェイクで相手守備陣を揺さぶり、がら空きになった中央をラッシュして一気にTD。14−3とリードを広げた。
 後半になると、さすがに数多くの日本代表選手やNFL予備軍を揃えた相手である。徐々に地力を発揮して追い上げてくる。逆に、ファイターズの選手の動きは変調気味だ。関大、京大、立命と強敵を相手の試合が続いた関西リーグ、そして日大との甲子園でのしのぎを削る戦いで主力選手の多くがけがをした影響が出てきたのだろう。
 シーズン終盤にけがをし、医者通いをしていた選手は、この日の先発メンバーだけでも10数人に上る。チーム練習にも思い通りに参加できないほどの重症者もいたようだが、それでもみな痛み止めの注射を射ったり、患部にがちがちのテーピングを施したりして出場していた。しかし、いくら痛み止めを射ったとしても、15分クオーターの戦いでは、その効果に限りがある。注意してみていると、ある者は足を引きずり、ある者は腕や肩を抱えている。それでも誰一人グラウンドに倒れ込む者はいない。
 グラウンドの戦いに目を奪われているファンの大半は、個々の選手のそんな事情には気づかなかったはずだ。だが、日頃から上ヶ原のグラウンドに通い、選手らの練習やけがとの戦いを見てきた僕には、彼らの変調ぶりがわがことのように感じられた。
 しかし、ファイターズの諸君は誰一人、そんな様子をそぶりにも出さなかったし、ベンチに歩いて戻れる状況でグラウンドに倒れ伏すこともなかった。ファイターズとは、戦いの場で弱みを見せることを恥とし、味方の士気を失わせることを不名誉と心得ている戦士の集団である。たとえ満身創痍であっても、気高く戦うこと、全力を尽くして正々堂々と戦うことに至上の価値をおいているチームである。
 そういう戦士たちが最後まで全力で、雄々しく戦ったのだ。終盤、リードされ、残り時間から考えて、もはや追いつくのが難しい状況から、48ヤードのフィールドゴールを決めたK大西、畑のバックアップとして出場し、WR南本へのTDパスを決めたうえ、同じコンビで2点コンバージョンを成功させたQB糟谷……。この日グラウンドに出た選手は全員、死力を尽くして戦った。これを戦士と呼ばずになんと呼べばいいのか。
 今年のイヤーブック、RB兵田選手の紹介欄にこんな記述がある。「努力は必ず報われるということを、私兵田は秋の立命戦を持って証明いたします!」。そう、ファイターズの諸君は、立命戦から甲子園ボウル、そしてライスボウルと続くハードな戦いの中で、この兵田選手の台詞を全員で証明したのである。「まことにひ弱な学生」が全員、一人前の男になったのである。東京ドームに詰めかけた多くのファンが心から感動したのは、そういう選手たちの戦いであり、そういうチームを作り上げた松岡主将を中心にした4年生のがんばりである。
 それは本因坊道策が「考えに考え、思いを尽くして」戦ったというのと同じ意味であろう。勝負には「1目差」で敗れたけれども、「大手柄であった」というゆえんである。
 気高く戦い、素晴らしい試合を見せてくれたファイターズの諸君に心から感謝する。堂々と戦い、堂々と敗れた諸君は、チームソング「Fight on,Kwansei」の体現者であり、関西学院の誇りである。
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2011年12月29日

(37)成長の軌跡

  「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」
 司馬遼太郎の『坂の上の雲』はこんな書き出しで始まる。この言葉をもじっていえば、今年のファイターズは「まことにひ弱なチームが、開化期をむかえようとしている」とでもいうのだろうか。
 それほどひ弱なチームだった。春、新しいシーズンを迎えた時のメンバーを振り返れば、そのことは実感できるだろう。
 主将の松岡は、昨シーズン終盤のけがで、練習には加われない状態。オフェンスラインは、リーダー濱本が故障がちで、2年生になったばかりの友国や木村、長森や上沢らに頼らなければならなかったし、攻撃の司令塔となるQBはもっと悲惨だった。エースと期待された糟谷は手術後の回復期にあり、グラウンドには出られない。畑と2番手を争うはずだった遠藤も故障。急遽、高等部のコーチを志望していた2年生の橘をプレーヤーとして呼び戻さなければ、畑一人では練習にも不自由する状態だった。
 デフェンスも、新戦力の台頭が待ち遠しい状態。長島、梶原、池永とそろったラインこそ強力だったが、LBやDBは3年生以下の成長に望みを託すしかない状態からのスタートだった。
 「日本1になる」という松岡主将の決意は痛いほど分かったが、そして彼を中心にしたチームの取り組みが素晴らしいことも見ていたが、それでも「このメンバーで関大や立命の強力な布陣に対抗できるだろうか、ひょっとしたら京大に足下をすくわれる可能性もあるぞ」という懸念は払拭できなかった。「まことにひ弱なチーム」の船出だった。
 けれども、選手たちの取り組みは本気だった。冬季は体幹を鍛えるトレーニングに励み、苦しい甲山への「走りもの」も、全力でこなした。春のシーズンが始まると、1軍の試合だけでなく、積極的にJV戦を組んで下級生に経験を積ませ、新しく戦力となりそうな素材の発掘に務めた。理学療法士やトレーナーを中心に選手の体のケアに務め、故障者の早期発見と回復に務めたし、栄養分を適切に補給するために下宿生らを対象とした「朝食会」も定例化させた。
 シーズンが始まると、試合に出場するメンバーは、練習への取り組みを重視して選び、チームに貢献したメンバーには「プライズマーク」を与えて、即座にその功績を顕彰した。松岡主将を中心に4年生が率先して練習に取り組み、チームのモラルを高めた。
 その姿勢はグラウンドだけでなく、ミーティングや特定の選手を対象にした補習授業への取り組みでも発揮された。前回、紹介した昼休みにコーチの部屋を訪ねてのミーティングはその顕著な例である。
 そういう取り組みから、4年生が自信をつけ、フットボールの未経験者や下級生が力を伸ばしてきた。春の初戦となった日大との試合では先発メンバーではなかったが、甲子園ボウルでは堂々のスタメンを務めたOLの濱本、田淵、WR梅本、LB小野、DB香山、鳥内弟らがその代表である。小野は1年生、鳥内弟と梅本は高校時代、野球をしていた選手である。
 1年生では、ほかにもRB鷺野、吉澤、WR木戸、大園らが活躍。上級生に大きな刺激を与えた。
 一方、ひたすら体幹を鍛え、強く当たる練習を積み重ねた成果は、強烈なタックルやブロックとなって表れた。相手の戦意を失わせてしまうようなDB香山や重田、LB池田雄や川端らのタックルは、どのチームの守備陣よりも強力だった。オフェンスでは5人のラインが粘り強く相手守備陣を制御し続けたし、WR和田や小山、TE金本、RB兵田らの強烈なブロックも、冬の練習の成果だろう。立命戦で、キッキングのカバーチームに入った小山が相手のリターナーなど3人をまとめてはね飛ばしたブロックなんて、最近のファイターズでは見たことがなかった。
 そういう風に互いに励まし、鍛えあって成長してきたのが今年のファイターズである。右肩上がりの成長曲線が、どのチームよりも急激だったから、関大、京大、立命戦と続いた関西リーグの終盤戦を勝ち抜き、甲子園ボウルでも日大に勝利することができた。「まことにひ弱なチームが、開化期をむかえた」のである。
 そして迎えるライスボウル。相手は「日本フットボール史上最強」とまで称されている強力なチームである。これまで先輩たちが苦杯をなめさせられた立命のOBが多数、主力選手として活躍しているし、法政や日大で鳴らしたスター選手も顔を揃えている。「開化期を迎えた」ファイターズが胸を借りるには、まことに最適の相手である。
 ファイターズの諸君。全知全能を振り絞って戦いましょう。おめず臆せず、ひるまずにぶつかりましょう。君たちの「成長の軌跡」を見せつける最高の舞台が1月3日、東京ドームに用意されています。
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2011年12月22日

(36)統率力と結束力、そしてフットボールへの取り組み

 甲子園ボウルの前日、朝日新聞スポーツ部で記者をしている榊原一生君(2002年卒)、大西史恭君(2008年卒)と昼食をともにした。東京、福岡と勤務地は異なっているが、ともに甲子園ボウルの取材に「特派」されてきた。
 長年、朝日新聞で記者をしてきた僕にとって、二人はかわいい後輩。いつも気になる存在である。その二人がファイターズの取材のため、わざわざ出張してきてくれた。旧交を温め、ともに元気で活躍していることを知って、本当にうれしかった。会話も弾んだ。
 「今年のチームはどうですか。僕はファイターズ史上最強のチームじゃないかと思うんですが」。食事が一段落したころ、大西君がこんな質問を向けてきた。
 「そうかもしれんなあ」と相づちを打ちかけて、瞬間、待てよ、と踏みとどまった。
 榊原君は、ファイターズが社会人代表のアサヒ飲料を破って初めてライスボウルを制覇したときの副将。主将・石田力哉君をはじめ、史上でもまれなスター選手がそろっていたときの主力選手である。大西君の代も、QBに三原雄太君を擁して甲子園ボウルに勝ち、ライスボウルでは全盛期の松下電工を相手に史上最高のパスゲームを演じている。
 そういうチームで主力選手として活躍した二人を目の前にして、今年のチームが史上最強とは、なかなかいいにくい。
 「今年のチームもよくなったけど、君らのチームはもっと強かった。榊原君の時は下級生も含めてタレントがそろっていたし、大西君の代はQBとレシーバーの関係が特別だった」。そんな風に答えると、大西君も「そういえば、僕の代のレシーバーは、甲子園ボウルでもライスボウルでも、手に触れたボールはすべてキャッチしているんですよね。この前、同期の連中と飲んだんですけど、そんな話で盛り上がりました」なんて答えている。やっぱり、二人とも自分たちのチームが一番強かったと思っているのだ。
 食事を終え、記者会見に向かう二人と別れて帰る途中、本当に今年のチームは「史上最強」だろうかとあらためて考えた。
 結論は「そんなことはない」だった。今季のチームには、年間最優秀選手賞(チャックミルズ杯)を受賞した大西志宣君をはじめ、攻撃ではRB松岡君、WR和田君、OL濱本君、QB畑君、守備ではDLの長島君や梶原君、DBの香山君や重田君が関西リーグのベスト11に名を連ねている。実際、選ばれて当然と思えるほど彼らの活躍は素晴らしかった。けれども、石田君や三原君を上回るほどの傑出した存在だったかどうかと突き詰めて考えると、なかなかそうとは言い切れない。チームとしての力量では、似たようなものだというのが正解だろう。
 けれども、特筆しておきたいことが三つある。それは主将のリーダーシップとチームの結束力、そしてフットボールへの取り組みである。この三つは、少なくともこの10年間では、今年のチームがダントツだった。これだけは他の追随を許さない。
 例えば、立命戦の1週間ほど前の練習中にこんなことがあった。チーム練習が佳境に入ったと思われた頃、突然、松岡主将が「ハドル!」と声を掛け、練習を中断して全員をグラウンド中央に集めた。彼にとっては、その日の取り組みがあまりにも甘過ぎる、と思えたのだろう。ハドルの中で「なんでこんな練習しかできへんねん。こんな練習で立命に勝てるのか。おまえら立命に勝ちたくないんか。日本1になりたくないんか」と声を振り絞った。感情がこみ上げてきたのか、途中からは泣きながらの檄だった。そしてその後、さらに4年生だけを集め、練習への取り組み、チームの意思統一などについて、あらためて指示を出していた。
 部員はみんな主将の日頃の取り組みを知っている。率先垂範。いつも、先頭に立って練習に取り組むだけでなく、すべてのパートの練習に足を運び、声を掛け、士気を鼓舞してきた姿を知っている。だからこそ「松岡を日本1の主将にしたい」(by大西志宣君)とか「僕の言いたいことは、松岡が全部言ってますよ」(by鳥内監督)とかいう言葉が出てくるのである。
 それほど信頼されている主将が泣きながら飛ばす熱い檄である。チームが覚醒し、奮い立つのも当然だろう。リーダーの統率力が人を動かすのである。
 結束力といえば、こんなこともある。ファイターズの一員でありながら、高等部のコーチとしてチームを離れていた片岡君と、体育会本部に出向して本部長の重責を担っていた野島君がシーズンの終盤になってチームに復帰し、練習台を務めたり、先頭に立って練習を取り仕切ったりしていた。高等部は関西大会の決勝で敗れ、体育会本部は任期が終了したからということだったが、そこで「自分の任務は終了」とせず、チームに復帰し、チームを裏から支える役割を果たしているのである。
 当然といえば当然かもしれない。けれども、最近のチームでは、残念ながらそういう姿は見られなかった。それだけに、いまこの時期にチームのために駆けつけた彼らの姿は、僕の目に頼もしく写った。そして、一度はチームを離れた彼らを再び引き戻すだけの結束力を持った今季のファイターズの凄さを再認識したのである。
 練習への取り組みでは、春先、パナソニック電工との合同練習でのWR和田君の姿が思い浮かぶ。彼はその日、予定された合同練習が終わった後、パナソニックのDBの選手らに「もう少し相手をして下さい」と申し入れ、さらにブロックやレシーブの練習に取り組んだ。せっかくの機会だからと、年長の社会人を練習台に引っ張り込み、納得のいくまで練習を続けたのである。
 昼食時、毎日のように学院本部に足を運び、そこで働く小野コーチや神田コーチ、大寺コーチらと定期的にミーティングを重ねていたパートリーダーやキッキングチームの姿も忘れられない。学院の専任事務職員として多忙を極めるコーチたちと意思疎通を図り、寸暇を惜しんで戦術を検討するためだが、そこにも毎日24時間、フットボールを最優先して取り組むコーチと選手との固い絆があった。
 勇将のもとに弱卒なしという。それは表面的な猛々しさをいうのではない。自らの実践、行動、情熱で統率力を表現するリーダーと、それを本気で支える構成員のことをいうのである。その両者が同じ目標に向かって気持ちを一つにしたとき、チームに化学反応が起きる。最強の社会人チームを相手に、勝利への光が見えてくるのである。
 あと1試合。全力を尽くしてがんばろう。
posted by コラム「スタンドから」 at 14:43| Comment(2) | in 2011 season

2011年12月19日

(35)芝生の上の幻術師

 「何でだ!」「どうして?」――。
 僕がもし、相手チームの選手、あるいは監督、コーチなら、そんな疑問符が団体を組んで押し寄せてきただろう。4年ぶりの青と赤の対決、関西学院大学ファイターズと日本大学フェニックスが戦った甲子園ボウルの試合内容と結果のことである。
 総獲得ヤードは297ヤードと260ヤード、ファーストダウンの更新回数は16回と12回、ボール所有時間は32分6秒と27分54秒。いずれも日大が関学を上回っている。逆に、反則の回数と罰退させられた距離は、それぞれ7回と3回、45ヤードと15ヤードで関学の方が日大より多い。なのに、肝心の得点は24−3。日大はフィールドゴール(FG)1本だけだったのに、関学は堂々と3本のタッチダウン(TD)と1本のFGを決めている。
 不思議というしかない。気の利いた小説家なら、甲子園の緑の芝生の上に、手品か目くらましを得意とする幻術師が舞い降りた、とでも表現しそうな試合だった。
 しかし、それは幻術師の仕業でも、手品師の目くらましでもない。周到に準備し、練りに練った仕掛けだった。
 例えば、互いに2度ずつパントを蹴り合い、一進一退の状況で迎えた第1Q終盤、ファイターズが自陣29ヤードから始めた攻撃シリーズ。まず、QB畑からWR大園への14ヤードパスで陣地を進め、次はエースWR和田への43ヤードのパス。ともに相手ディフェンスのカバーをピンポイントでくぐり抜ける魔術師のようなパスであり、キャッチであった。この好機を、畑のスクランブルとRB望月のラッシュでTDに結びつけたのだが、それはラン攻撃に対する守備には絶対的な自信を持ち、逆にパスを警戒する相手守備陣の裏をかいた見事な戦法だった。
 そして、この日の勝敗を決定づけたのが第2Qに入ってすぐ、自陣30数ヤードからK大西が蹴ったパント。相手陣深くまで高々と上がったこのボールを日大のリターナーがファンブル。それをDB大竹がゴール前2ヤードでカバーして攻撃権を奪い取り、即座に主将・松岡のTDランに結びつけた。
 相手のミスにつけ込んだように見えたこのプレーはしかし、1年がかりで周到に準備されたものだった。キッキングチームの指導を担当している小野コーチによると「あれは大西が1年かけて磨き上げた特別のパント。リターナーのファンブルを誘うように仕掛けてあるのです。それを思い通りに決め、相手のファンブルを誘い、そのボールを見事にカバーしたカバーチームの芸術的なプレーです」という。
 その証拠に、第4Qに入ってすぐ、大西が似たような位置から蹴ったパントも、相手リターナーがファンブルした。これは相手が抑え、ターンオーバーにはならなかったが、よほどキャッチしにくい弾道で飛んでくるのだろう。それ以降に2度、大西がパントを蹴ったが、2度とも相手リターナーはボールに手を触れず、転がるままに任せてしまった。おかげでファイターズは第4Q、必死に反撃を試みようとする相手を、常にゴール前10ヤード以内からの攻撃に追いやり、反撃の芽を摘み取った。魔術師、あるいは幻術師と呼ぶにふさわしいパントであり、キッキングチームの活躍だった。大西が今年の年間最優秀選手賞(チャック・ミルズ杯)を受賞したのには理由がある。リーグ戦からこの試合まで、営々とこういう場面を積み重ねてきたからである。
 しかし、魔術師、幻術師はオフェンスだけにいたのではない。中央のランプレーを終始止め続けたディフェンス陣の活躍は、いくらほめてもほめきれない。なにより梶原、長島、池永、前川という布陣で臨んだDLの速さはただごとではなかった。大げさに言えば、相手オフェンス陣には、ボールがスナップされた瞬間、もう目の前に彼らが立ちふさがっていると見えたのではないか。これに加えて、2列目の池田や3列目の香山が再三、突き刺すようなタックルを見舞い、短いパスではダウンが更新できないような状況に相手を押しやってしまった。
 ラン攻撃に自信を持ち、関東の激戦を勝ち抜いてきた相手だけに、その決め手を封じられると、攻撃は手詰まりになる。パスで活路を開くしかないが、そこでもファイターズは周到な対策を用意していた。相手のラン攻撃を封じて、常に第3ダウンロングという状況を作りだした上、その場面ではLBとDBが全員後方に下がり「短いパスならどうぞ通して下さい。でも、長いのは通させませんよ」といわんばかりの守備隊形を敷く。硬軟自在の守備。これではいくらヤードを稼いでも、得点にまで結びつけるのは難しい。
 簡単に突破できそうなのに、そして実際、ヤードは稼いでいるのに、得点までは結びつけられない攻撃。強力なDL陣を中心に、完璧に封じ込めたように見えるのに、針の穴を通すように攻め込まれた守備。その上、魔法のような技術を持ったキッキングチームに翻弄されては、攻守ともに高い身体能力を持った赤の軍団も、その力を存分に発揮するまでには至らなかったのだろう。日大の選手たちにとっては、この日のファイターズは、まるで魔術師の集団に見えたとしても不思議ではない。頭に?マークが集団で巣を作ってもおかしくはない。
 そういう不思議な、しかし周到に準備されたプレーを連発し、攻守だけでなくキッキングチームやベンチの采配までを含めて、すべてを総合し、撚(よ)りあわせて、ファイターズは勝利した。細い糸でも、何本も集めて撚りあわせると強力な綱(ロープ)になる。その撚りあわせる力、結びつける力を、人は絆と呼ぶ。「すべては気持ち」という合い言葉で撚りあわせた、ファイターズの絆はどのチームより強かった。
 実力は紙一重、ひょっとしたら相手の方が上回っていたかもしれないのに、それを覆して勝ったファイターズの絆に、まずは拍手を送りたい。優勝、おめでとう。
posted by コラム「スタンドから」 at 14:45| Comment(2) | in 2011 season