元禄16(1703)年、54歳で亡くなった本因坊道策は、囲碁の世界で古今独歩の名人とうたわれた人である。碁聖ともいわれたその名人に向かって、ある人が「先生がこれまでになすった碁で、十分の勝利をお占めになったのは、いずれの時でしたか」と尋ねた。名人が答えていうには「一番うれしかったのは、安井算知と囲んで1目負けたときでした」。
この答えに、尋ねた人は驚き「では負け碁なのですか」と聞き返した。
道策がいうには「さればです。勝ち負けは競技の眼目ですが、どんなことをしても勝ちさえすればよいというものではありますまい。勝負も勝負、相手によるのです。安井算知は古人にも恥じない名人で、あの折り下ろす石の一つ一つが妙手でないのはありませんでした。それで私も考えに考え、思いを尽くし、ついに1手の遅れをとらずに1目負けることができたのは、私の大手柄でありました。これが私の一生涯での一番得意の碁です」。
以上は、森銑三という人の著した「おらんだ正月」(岩波文庫)からの引用だが、僕はライスボウルにおけるファイターズの戦いぶりを見て、思わずこの話を思い起こした。
38−28。最終のスコアはファイターズの負けではある。しかし、社会人の代表を相手に一歩も引かず、チームとしての品性を持ち、正々堂々と戦った彼らの姿は、大手柄と呼ぶにふさわしいものだった。「生涯での一番得意の試合です」と胸を張ってよい戦いだった。
ファイターズの諸君はそれほど雄々しく、また美しく戦った。ゲーム開始と同時にオンサイドキックを成功させて相手を揺さぶったのは序の口。いったんは攻撃権を失ったが、すぐさまLB池田のインターセプトで奪い返し、相手陣40ヤードからの攻撃。この好機にQB畑からWR小山へのパス、畑のキーププレーなどで、一気にゴール前に迫り、仕上げはRB望月の中央突破でTD。大西がキックを決めて7−0。主導権を握った。
第2Qに入ってすぐ、相手にフィールドゴール(FG)を決められたが、この場面は決められたというより「FGに追いやった」という表現の方が適切。第2ダウンゴール前1ヤードという絶体絶命のピンチだったが、そこでファイターズ守備陣が奮起した。長島、梶原、池永らの第1列が中央のラン攻撃を封じ、DBの香山や重田が突き刺さるようなタックルを連発して陣地を挽回。結局、FGを蹴るしかない状況に相手を追いやった。
自陣34ヤードから始まった次の攻撃シリーズは望月のラン、畑のキープ、小山へのパスと多彩な攻めで陣地を進める。相手が焦点を絞りかねたところで、ダブルリバースからWR木戸が走ってダウンを更新。さらにWR和田へのパスを成功させてゴール前24ヤードに迫る。一度は攻めあぐね、第4ダウンショートという状況に追い込まれたが、ファイターズ攻撃陣は委細かまわず攻撃を続行。畑が和田へのパスフェイクで相手守備陣を揺さぶり、がら空きになった中央をラッシュして一気にTD。14−3とリードを広げた。
後半になると、さすがに数多くの日本代表選手やNFL予備軍を揃えた相手である。徐々に地力を発揮して追い上げてくる。逆に、ファイターズの選手の動きは変調気味だ。関大、京大、立命と強敵を相手の試合が続いた関西リーグ、そして日大との甲子園でのしのぎを削る戦いで主力選手の多くがけがをした影響が出てきたのだろう。
シーズン終盤にけがをし、医者通いをしていた選手は、この日の先発メンバーだけでも10数人に上る。チーム練習にも思い通りに参加できないほどの重症者もいたようだが、それでもみな痛み止めの注射を射ったり、患部にがちがちのテーピングを施したりして出場していた。しかし、いくら痛み止めを射ったとしても、15分クオーターの戦いでは、その効果に限りがある。注意してみていると、ある者は足を引きずり、ある者は腕や肩を抱えている。それでも誰一人グラウンドに倒れ込む者はいない。
グラウンドの戦いに目を奪われているファンの大半は、個々の選手のそんな事情には気づかなかったはずだ。だが、日頃から上ヶ原のグラウンドに通い、選手らの練習やけがとの戦いを見てきた僕には、彼らの変調ぶりがわがことのように感じられた。
しかし、ファイターズの諸君は誰一人、そんな様子をそぶりにも出さなかったし、ベンチに歩いて戻れる状況でグラウンドに倒れ伏すこともなかった。ファイターズとは、戦いの場で弱みを見せることを恥とし、味方の士気を失わせることを不名誉と心得ている戦士の集団である。たとえ満身創痍であっても、気高く戦うこと、全力を尽くして正々堂々と戦うことに至上の価値をおいているチームである。
そういう戦士たちが最後まで全力で、雄々しく戦ったのだ。終盤、リードされ、残り時間から考えて、もはや追いつくのが難しい状況から、48ヤードのフィールドゴールを決めたK大西、畑のバックアップとして出場し、WR南本へのTDパスを決めたうえ、同じコンビで2点コンバージョンを成功させたQB糟谷……。この日グラウンドに出た選手は全員、死力を尽くして戦った。これを戦士と呼ばずになんと呼べばいいのか。
今年のイヤーブック、RB兵田選手の紹介欄にこんな記述がある。「努力は必ず報われるということを、私兵田は秋の立命戦を持って証明いたします!」。そう、ファイターズの諸君は、立命戦から甲子園ボウル、そしてライスボウルと続くハードな戦いの中で、この兵田選手の台詞を全員で証明したのである。「まことにひ弱な学生」が全員、一人前の男になったのである。東京ドームに詰めかけた多くのファンが心から感動したのは、そういう選手たちの戦いであり、そういうチームを作り上げた松岡主将を中心にした4年生のがんばりである。
それは本因坊道策が「考えに考え、思いを尽くして」戦ったというのと同じ意味であろう。勝負には「1目差」で敗れたけれども、「大手柄であった」というゆえんである。
気高く戦い、素晴らしい試合を見せてくれたファイターズの諸君に心から感謝する。堂々と戦い、堂々と敗れた諸君は、チームソング「Fight on,Kwansei」の体現者であり、関西学院の誇りである。
2012年01月05日
(38)生涯の誇り
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2011年12月29日
(37)成長の軌跡
「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」
司馬遼太郎の『坂の上の雲』はこんな書き出しで始まる。この言葉をもじっていえば、今年のファイターズは「まことにひ弱なチームが、開化期をむかえようとしている」とでもいうのだろうか。
それほどひ弱なチームだった。春、新しいシーズンを迎えた時のメンバーを振り返れば、そのことは実感できるだろう。
主将の松岡は、昨シーズン終盤のけがで、練習には加われない状態。オフェンスラインは、リーダー濱本が故障がちで、2年生になったばかりの友国や木村、長森や上沢らに頼らなければならなかったし、攻撃の司令塔となるQBはもっと悲惨だった。エースと期待された糟谷は手術後の回復期にあり、グラウンドには出られない。畑と2番手を争うはずだった遠藤も故障。急遽、高等部のコーチを志望していた2年生の橘をプレーヤーとして呼び戻さなければ、畑一人では練習にも不自由する状態だった。
デフェンスも、新戦力の台頭が待ち遠しい状態。長島、梶原、池永とそろったラインこそ強力だったが、LBやDBは3年生以下の成長に望みを託すしかない状態からのスタートだった。
「日本1になる」という松岡主将の決意は痛いほど分かったが、そして彼を中心にしたチームの取り組みが素晴らしいことも見ていたが、それでも「このメンバーで関大や立命の強力な布陣に対抗できるだろうか、ひょっとしたら京大に足下をすくわれる可能性もあるぞ」という懸念は払拭できなかった。「まことにひ弱なチーム」の船出だった。
けれども、選手たちの取り組みは本気だった。冬季は体幹を鍛えるトレーニングに励み、苦しい甲山への「走りもの」も、全力でこなした。春のシーズンが始まると、1軍の試合だけでなく、積極的にJV戦を組んで下級生に経験を積ませ、新しく戦力となりそうな素材の発掘に務めた。理学療法士やトレーナーを中心に選手の体のケアに務め、故障者の早期発見と回復に務めたし、栄養分を適切に補給するために下宿生らを対象とした「朝食会」も定例化させた。
シーズンが始まると、試合に出場するメンバーは、練習への取り組みを重視して選び、チームに貢献したメンバーには「プライズマーク」を与えて、即座にその功績を顕彰した。松岡主将を中心に4年生が率先して練習に取り組み、チームのモラルを高めた。
その姿勢はグラウンドだけでなく、ミーティングや特定の選手を対象にした補習授業への取り組みでも発揮された。前回、紹介した昼休みにコーチの部屋を訪ねてのミーティングはその顕著な例である。
そういう取り組みから、4年生が自信をつけ、フットボールの未経験者や下級生が力を伸ばしてきた。春の初戦となった日大との試合では先発メンバーではなかったが、甲子園ボウルでは堂々のスタメンを務めたOLの濱本、田淵、WR梅本、LB小野、DB香山、鳥内弟らがその代表である。小野は1年生、鳥内弟と梅本は高校時代、野球をしていた選手である。
1年生では、ほかにもRB鷺野、吉澤、WR木戸、大園らが活躍。上級生に大きな刺激を与えた。
一方、ひたすら体幹を鍛え、強く当たる練習を積み重ねた成果は、強烈なタックルやブロックとなって表れた。相手の戦意を失わせてしまうようなDB香山や重田、LB池田雄や川端らのタックルは、どのチームの守備陣よりも強力だった。オフェンスでは5人のラインが粘り強く相手守備陣を制御し続けたし、WR和田や小山、TE金本、RB兵田らの強烈なブロックも、冬の練習の成果だろう。立命戦で、キッキングのカバーチームに入った小山が相手のリターナーなど3人をまとめてはね飛ばしたブロックなんて、最近のファイターズでは見たことがなかった。
そういう風に互いに励まし、鍛えあって成長してきたのが今年のファイターズである。右肩上がりの成長曲線が、どのチームよりも急激だったから、関大、京大、立命戦と続いた関西リーグの終盤戦を勝ち抜き、甲子園ボウルでも日大に勝利することができた。「まことにひ弱なチームが、開化期をむかえた」のである。
そして迎えるライスボウル。相手は「日本フットボール史上最強」とまで称されている強力なチームである。これまで先輩たちが苦杯をなめさせられた立命のOBが多数、主力選手として活躍しているし、法政や日大で鳴らしたスター選手も顔を揃えている。「開化期を迎えた」ファイターズが胸を借りるには、まことに最適の相手である。
ファイターズの諸君。全知全能を振り絞って戦いましょう。おめず臆せず、ひるまずにぶつかりましょう。君たちの「成長の軌跡」を見せつける最高の舞台が1月3日、東京ドームに用意されています。
司馬遼太郎の『坂の上の雲』はこんな書き出しで始まる。この言葉をもじっていえば、今年のファイターズは「まことにひ弱なチームが、開化期をむかえようとしている」とでもいうのだろうか。
それほどひ弱なチームだった。春、新しいシーズンを迎えた時のメンバーを振り返れば、そのことは実感できるだろう。
主将の松岡は、昨シーズン終盤のけがで、練習には加われない状態。オフェンスラインは、リーダー濱本が故障がちで、2年生になったばかりの友国や木村、長森や上沢らに頼らなければならなかったし、攻撃の司令塔となるQBはもっと悲惨だった。エースと期待された糟谷は手術後の回復期にあり、グラウンドには出られない。畑と2番手を争うはずだった遠藤も故障。急遽、高等部のコーチを志望していた2年生の橘をプレーヤーとして呼び戻さなければ、畑一人では練習にも不自由する状態だった。
デフェンスも、新戦力の台頭が待ち遠しい状態。長島、梶原、池永とそろったラインこそ強力だったが、LBやDBは3年生以下の成長に望みを託すしかない状態からのスタートだった。
「日本1になる」という松岡主将の決意は痛いほど分かったが、そして彼を中心にしたチームの取り組みが素晴らしいことも見ていたが、それでも「このメンバーで関大や立命の強力な布陣に対抗できるだろうか、ひょっとしたら京大に足下をすくわれる可能性もあるぞ」という懸念は払拭できなかった。「まことにひ弱なチーム」の船出だった。
けれども、選手たちの取り組みは本気だった。冬季は体幹を鍛えるトレーニングに励み、苦しい甲山への「走りもの」も、全力でこなした。春のシーズンが始まると、1軍の試合だけでなく、積極的にJV戦を組んで下級生に経験を積ませ、新しく戦力となりそうな素材の発掘に務めた。理学療法士やトレーナーを中心に選手の体のケアに務め、故障者の早期発見と回復に務めたし、栄養分を適切に補給するために下宿生らを対象とした「朝食会」も定例化させた。
シーズンが始まると、試合に出場するメンバーは、練習への取り組みを重視して選び、チームに貢献したメンバーには「プライズマーク」を与えて、即座にその功績を顕彰した。松岡主将を中心に4年生が率先して練習に取り組み、チームのモラルを高めた。
その姿勢はグラウンドだけでなく、ミーティングや特定の選手を対象にした補習授業への取り組みでも発揮された。前回、紹介した昼休みにコーチの部屋を訪ねてのミーティングはその顕著な例である。
そういう取り組みから、4年生が自信をつけ、フットボールの未経験者や下級生が力を伸ばしてきた。春の初戦となった日大との試合では先発メンバーではなかったが、甲子園ボウルでは堂々のスタメンを務めたOLの濱本、田淵、WR梅本、LB小野、DB香山、鳥内弟らがその代表である。小野は1年生、鳥内弟と梅本は高校時代、野球をしていた選手である。
1年生では、ほかにもRB鷺野、吉澤、WR木戸、大園らが活躍。上級生に大きな刺激を与えた。
一方、ひたすら体幹を鍛え、強く当たる練習を積み重ねた成果は、強烈なタックルやブロックとなって表れた。相手の戦意を失わせてしまうようなDB香山や重田、LB池田雄や川端らのタックルは、どのチームの守備陣よりも強力だった。オフェンスでは5人のラインが粘り強く相手守備陣を制御し続けたし、WR和田や小山、TE金本、RB兵田らの強烈なブロックも、冬の練習の成果だろう。立命戦で、キッキングのカバーチームに入った小山が相手のリターナーなど3人をまとめてはね飛ばしたブロックなんて、最近のファイターズでは見たことがなかった。
そういう風に互いに励まし、鍛えあって成長してきたのが今年のファイターズである。右肩上がりの成長曲線が、どのチームよりも急激だったから、関大、京大、立命戦と続いた関西リーグの終盤戦を勝ち抜き、甲子園ボウルでも日大に勝利することができた。「まことにひ弱なチームが、開化期をむかえた」のである。
そして迎えるライスボウル。相手は「日本フットボール史上最強」とまで称されている強力なチームである。これまで先輩たちが苦杯をなめさせられた立命のOBが多数、主力選手として活躍しているし、法政や日大で鳴らしたスター選手も顔を揃えている。「開化期を迎えた」ファイターズが胸を借りるには、まことに最適の相手である。
ファイターズの諸君。全知全能を振り絞って戦いましょう。おめず臆せず、ひるまずにぶつかりましょう。君たちの「成長の軌跡」を見せつける最高の舞台が1月3日、東京ドームに用意されています。
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2011年12月22日
(36)統率力と結束力、そしてフットボールへの取り組み
甲子園ボウルの前日、朝日新聞スポーツ部で記者をしている榊原一生君(2002年卒)、大西史恭君(2008年卒)と昼食をともにした。東京、福岡と勤務地は異なっているが、ともに甲子園ボウルの取材に「特派」されてきた。
長年、朝日新聞で記者をしてきた僕にとって、二人はかわいい後輩。いつも気になる存在である。その二人がファイターズの取材のため、わざわざ出張してきてくれた。旧交を温め、ともに元気で活躍していることを知って、本当にうれしかった。会話も弾んだ。
「今年のチームはどうですか。僕はファイターズ史上最強のチームじゃないかと思うんですが」。食事が一段落したころ、大西君がこんな質問を向けてきた。
「そうかもしれんなあ」と相づちを打ちかけて、瞬間、待てよ、と踏みとどまった。
榊原君は、ファイターズが社会人代表のアサヒ飲料を破って初めてライスボウルを制覇したときの副将。主将・石田力哉君をはじめ、史上でもまれなスター選手がそろっていたときの主力選手である。大西君の代も、QBに三原雄太君を擁して甲子園ボウルに勝ち、ライスボウルでは全盛期の松下電工を相手に史上最高のパスゲームを演じている。
そういうチームで主力選手として活躍した二人を目の前にして、今年のチームが史上最強とは、なかなかいいにくい。
「今年のチームもよくなったけど、君らのチームはもっと強かった。榊原君の時は下級生も含めてタレントがそろっていたし、大西君の代はQBとレシーバーの関係が特別だった」。そんな風に答えると、大西君も「そういえば、僕の代のレシーバーは、甲子園ボウルでもライスボウルでも、手に触れたボールはすべてキャッチしているんですよね。この前、同期の連中と飲んだんですけど、そんな話で盛り上がりました」なんて答えている。やっぱり、二人とも自分たちのチームが一番強かったと思っているのだ。
食事を終え、記者会見に向かう二人と別れて帰る途中、本当に今年のチームは「史上最強」だろうかとあらためて考えた。
結論は「そんなことはない」だった。今季のチームには、年間最優秀選手賞(チャックミルズ杯)を受賞した大西志宣君をはじめ、攻撃ではRB松岡君、WR和田君、OL濱本君、QB畑君、守備ではDLの長島君や梶原君、DBの香山君や重田君が関西リーグのベスト11に名を連ねている。実際、選ばれて当然と思えるほど彼らの活躍は素晴らしかった。けれども、石田君や三原君を上回るほどの傑出した存在だったかどうかと突き詰めて考えると、なかなかそうとは言い切れない。チームとしての力量では、似たようなものだというのが正解だろう。
けれども、特筆しておきたいことが三つある。それは主将のリーダーシップとチームの結束力、そしてフットボールへの取り組みである。この三つは、少なくともこの10年間では、今年のチームがダントツだった。これだけは他の追随を許さない。
例えば、立命戦の1週間ほど前の練習中にこんなことがあった。チーム練習が佳境に入ったと思われた頃、突然、松岡主将が「ハドル!」と声を掛け、練習を中断して全員をグラウンド中央に集めた。彼にとっては、その日の取り組みがあまりにも甘過ぎる、と思えたのだろう。ハドルの中で「なんでこんな練習しかできへんねん。こんな練習で立命に勝てるのか。おまえら立命に勝ちたくないんか。日本1になりたくないんか」と声を振り絞った。感情がこみ上げてきたのか、途中からは泣きながらの檄だった。そしてその後、さらに4年生だけを集め、練習への取り組み、チームの意思統一などについて、あらためて指示を出していた。
部員はみんな主将の日頃の取り組みを知っている。率先垂範。いつも、先頭に立って練習に取り組むだけでなく、すべてのパートの練習に足を運び、声を掛け、士気を鼓舞してきた姿を知っている。だからこそ「松岡を日本1の主将にしたい」(by大西志宣君)とか「僕の言いたいことは、松岡が全部言ってますよ」(by鳥内監督)とかいう言葉が出てくるのである。
それほど信頼されている主将が泣きながら飛ばす熱い檄である。チームが覚醒し、奮い立つのも当然だろう。リーダーの統率力が人を動かすのである。
結束力といえば、こんなこともある。ファイターズの一員でありながら、高等部のコーチとしてチームを離れていた片岡君と、体育会本部に出向して本部長の重責を担っていた野島君がシーズンの終盤になってチームに復帰し、練習台を務めたり、先頭に立って練習を取り仕切ったりしていた。高等部は関西大会の決勝で敗れ、体育会本部は任期が終了したからということだったが、そこで「自分の任務は終了」とせず、チームに復帰し、チームを裏から支える役割を果たしているのである。
当然といえば当然かもしれない。けれども、最近のチームでは、残念ながらそういう姿は見られなかった。それだけに、いまこの時期にチームのために駆けつけた彼らの姿は、僕の目に頼もしく写った。そして、一度はチームを離れた彼らを再び引き戻すだけの結束力を持った今季のファイターズの凄さを再認識したのである。
練習への取り組みでは、春先、パナソニック電工との合同練習でのWR和田君の姿が思い浮かぶ。彼はその日、予定された合同練習が終わった後、パナソニックのDBの選手らに「もう少し相手をして下さい」と申し入れ、さらにブロックやレシーブの練習に取り組んだ。せっかくの機会だからと、年長の社会人を練習台に引っ張り込み、納得のいくまで練習を続けたのである。
昼食時、毎日のように学院本部に足を運び、そこで働く小野コーチや神田コーチ、大寺コーチらと定期的にミーティングを重ねていたパートリーダーやキッキングチームの姿も忘れられない。学院の専任事務職員として多忙を極めるコーチたちと意思疎通を図り、寸暇を惜しんで戦術を検討するためだが、そこにも毎日24時間、フットボールを最優先して取り組むコーチと選手との固い絆があった。
勇将のもとに弱卒なしという。それは表面的な猛々しさをいうのではない。自らの実践、行動、情熱で統率力を表現するリーダーと、それを本気で支える構成員のことをいうのである。その両者が同じ目標に向かって気持ちを一つにしたとき、チームに化学反応が起きる。最強の社会人チームを相手に、勝利への光が見えてくるのである。
あと1試合。全力を尽くしてがんばろう。
長年、朝日新聞で記者をしてきた僕にとって、二人はかわいい後輩。いつも気になる存在である。その二人がファイターズの取材のため、わざわざ出張してきてくれた。旧交を温め、ともに元気で活躍していることを知って、本当にうれしかった。会話も弾んだ。
「今年のチームはどうですか。僕はファイターズ史上最強のチームじゃないかと思うんですが」。食事が一段落したころ、大西君がこんな質問を向けてきた。
「そうかもしれんなあ」と相づちを打ちかけて、瞬間、待てよ、と踏みとどまった。
榊原君は、ファイターズが社会人代表のアサヒ飲料を破って初めてライスボウルを制覇したときの副将。主将・石田力哉君をはじめ、史上でもまれなスター選手がそろっていたときの主力選手である。大西君の代も、QBに三原雄太君を擁して甲子園ボウルに勝ち、ライスボウルでは全盛期の松下電工を相手に史上最高のパスゲームを演じている。
そういうチームで主力選手として活躍した二人を目の前にして、今年のチームが史上最強とは、なかなかいいにくい。
「今年のチームもよくなったけど、君らのチームはもっと強かった。榊原君の時は下級生も含めてタレントがそろっていたし、大西君の代はQBとレシーバーの関係が特別だった」。そんな風に答えると、大西君も「そういえば、僕の代のレシーバーは、甲子園ボウルでもライスボウルでも、手に触れたボールはすべてキャッチしているんですよね。この前、同期の連中と飲んだんですけど、そんな話で盛り上がりました」なんて答えている。やっぱり、二人とも自分たちのチームが一番強かったと思っているのだ。
食事を終え、記者会見に向かう二人と別れて帰る途中、本当に今年のチームは「史上最強」だろうかとあらためて考えた。
結論は「そんなことはない」だった。今季のチームには、年間最優秀選手賞(チャックミルズ杯)を受賞した大西志宣君をはじめ、攻撃ではRB松岡君、WR和田君、OL濱本君、QB畑君、守備ではDLの長島君や梶原君、DBの香山君や重田君が関西リーグのベスト11に名を連ねている。実際、選ばれて当然と思えるほど彼らの活躍は素晴らしかった。けれども、石田君や三原君を上回るほどの傑出した存在だったかどうかと突き詰めて考えると、なかなかそうとは言い切れない。チームとしての力量では、似たようなものだというのが正解だろう。
けれども、特筆しておきたいことが三つある。それは主将のリーダーシップとチームの結束力、そしてフットボールへの取り組みである。この三つは、少なくともこの10年間では、今年のチームがダントツだった。これだけは他の追随を許さない。
例えば、立命戦の1週間ほど前の練習中にこんなことがあった。チーム練習が佳境に入ったと思われた頃、突然、松岡主将が「ハドル!」と声を掛け、練習を中断して全員をグラウンド中央に集めた。彼にとっては、その日の取り組みがあまりにも甘過ぎる、と思えたのだろう。ハドルの中で「なんでこんな練習しかできへんねん。こんな練習で立命に勝てるのか。おまえら立命に勝ちたくないんか。日本1になりたくないんか」と声を振り絞った。感情がこみ上げてきたのか、途中からは泣きながらの檄だった。そしてその後、さらに4年生だけを集め、練習への取り組み、チームの意思統一などについて、あらためて指示を出していた。
部員はみんな主将の日頃の取り組みを知っている。率先垂範。いつも、先頭に立って練習に取り組むだけでなく、すべてのパートの練習に足を運び、声を掛け、士気を鼓舞してきた姿を知っている。だからこそ「松岡を日本1の主将にしたい」(by大西志宣君)とか「僕の言いたいことは、松岡が全部言ってますよ」(by鳥内監督)とかいう言葉が出てくるのである。
それほど信頼されている主将が泣きながら飛ばす熱い檄である。チームが覚醒し、奮い立つのも当然だろう。リーダーの統率力が人を動かすのである。
結束力といえば、こんなこともある。ファイターズの一員でありながら、高等部のコーチとしてチームを離れていた片岡君と、体育会本部に出向して本部長の重責を担っていた野島君がシーズンの終盤になってチームに復帰し、練習台を務めたり、先頭に立って練習を取り仕切ったりしていた。高等部は関西大会の決勝で敗れ、体育会本部は任期が終了したからということだったが、そこで「自分の任務は終了」とせず、チームに復帰し、チームを裏から支える役割を果たしているのである。
当然といえば当然かもしれない。けれども、最近のチームでは、残念ながらそういう姿は見られなかった。それだけに、いまこの時期にチームのために駆けつけた彼らの姿は、僕の目に頼もしく写った。そして、一度はチームを離れた彼らを再び引き戻すだけの結束力を持った今季のファイターズの凄さを再認識したのである。
練習への取り組みでは、春先、パナソニック電工との合同練習でのWR和田君の姿が思い浮かぶ。彼はその日、予定された合同練習が終わった後、パナソニックのDBの選手らに「もう少し相手をして下さい」と申し入れ、さらにブロックやレシーブの練習に取り組んだ。せっかくの機会だからと、年長の社会人を練習台に引っ張り込み、納得のいくまで練習を続けたのである。
昼食時、毎日のように学院本部に足を運び、そこで働く小野コーチや神田コーチ、大寺コーチらと定期的にミーティングを重ねていたパートリーダーやキッキングチームの姿も忘れられない。学院の専任事務職員として多忙を極めるコーチたちと意思疎通を図り、寸暇を惜しんで戦術を検討するためだが、そこにも毎日24時間、フットボールを最優先して取り組むコーチと選手との固い絆があった。
勇将のもとに弱卒なしという。それは表面的な猛々しさをいうのではない。自らの実践、行動、情熱で統率力を表現するリーダーと、それを本気で支える構成員のことをいうのである。その両者が同じ目標に向かって気持ちを一つにしたとき、チームに化学反応が起きる。最強の社会人チームを相手に、勝利への光が見えてくるのである。
あと1試合。全力を尽くしてがんばろう。
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2011年12月19日
(35)芝生の上の幻術師
「何でだ!」「どうして?」――。
僕がもし、相手チームの選手、あるいは監督、コーチなら、そんな疑問符が団体を組んで押し寄せてきただろう。4年ぶりの青と赤の対決、関西学院大学ファイターズと日本大学フェニックスが戦った甲子園ボウルの試合内容と結果のことである。
総獲得ヤードは297ヤードと260ヤード、ファーストダウンの更新回数は16回と12回、ボール所有時間は32分6秒と27分54秒。いずれも日大が関学を上回っている。逆に、反則の回数と罰退させられた距離は、それぞれ7回と3回、45ヤードと15ヤードで関学の方が日大より多い。なのに、肝心の得点は24−3。日大はフィールドゴール(FG)1本だけだったのに、関学は堂々と3本のタッチダウン(TD)と1本のFGを決めている。
不思議というしかない。気の利いた小説家なら、甲子園の緑の芝生の上に、手品か目くらましを得意とする幻術師が舞い降りた、とでも表現しそうな試合だった。
しかし、それは幻術師の仕業でも、手品師の目くらましでもない。周到に準備し、練りに練った仕掛けだった。
例えば、互いに2度ずつパントを蹴り合い、一進一退の状況で迎えた第1Q終盤、ファイターズが自陣29ヤードから始めた攻撃シリーズ。まず、QB畑からWR大園への14ヤードパスで陣地を進め、次はエースWR和田への43ヤードのパス。ともに相手ディフェンスのカバーをピンポイントでくぐり抜ける魔術師のようなパスであり、キャッチであった。この好機を、畑のスクランブルとRB望月のラッシュでTDに結びつけたのだが、それはラン攻撃に対する守備には絶対的な自信を持ち、逆にパスを警戒する相手守備陣の裏をかいた見事な戦法だった。
そして、この日の勝敗を決定づけたのが第2Qに入ってすぐ、自陣30数ヤードからK大西が蹴ったパント。相手陣深くまで高々と上がったこのボールを日大のリターナーがファンブル。それをDB大竹がゴール前2ヤードでカバーして攻撃権を奪い取り、即座に主将・松岡のTDランに結びつけた。
相手のミスにつけ込んだように見えたこのプレーはしかし、1年がかりで周到に準備されたものだった。キッキングチームの指導を担当している小野コーチによると「あれは大西が1年かけて磨き上げた特別のパント。リターナーのファンブルを誘うように仕掛けてあるのです。それを思い通りに決め、相手のファンブルを誘い、そのボールを見事にカバーしたカバーチームの芸術的なプレーです」という。
その証拠に、第4Qに入ってすぐ、大西が似たような位置から蹴ったパントも、相手リターナーがファンブルした。これは相手が抑え、ターンオーバーにはならなかったが、よほどキャッチしにくい弾道で飛んでくるのだろう。それ以降に2度、大西がパントを蹴ったが、2度とも相手リターナーはボールに手を触れず、転がるままに任せてしまった。おかげでファイターズは第4Q、必死に反撃を試みようとする相手を、常にゴール前10ヤード以内からの攻撃に追いやり、反撃の芽を摘み取った。魔術師、あるいは幻術師と呼ぶにふさわしいパントであり、キッキングチームの活躍だった。大西が今年の年間最優秀選手賞(チャック・ミルズ杯)を受賞したのには理由がある。リーグ戦からこの試合まで、営々とこういう場面を積み重ねてきたからである。
しかし、魔術師、幻術師はオフェンスだけにいたのではない。中央のランプレーを終始止め続けたディフェンス陣の活躍は、いくらほめてもほめきれない。なにより梶原、長島、池永、前川という布陣で臨んだDLの速さはただごとではなかった。大げさに言えば、相手オフェンス陣には、ボールがスナップされた瞬間、もう目の前に彼らが立ちふさがっていると見えたのではないか。これに加えて、2列目の池田や3列目の香山が再三、突き刺すようなタックルを見舞い、短いパスではダウンが更新できないような状況に相手を押しやってしまった。
ラン攻撃に自信を持ち、関東の激戦を勝ち抜いてきた相手だけに、その決め手を封じられると、攻撃は手詰まりになる。パスで活路を開くしかないが、そこでもファイターズは周到な対策を用意していた。相手のラン攻撃を封じて、常に第3ダウンロングという状況を作りだした上、その場面ではLBとDBが全員後方に下がり「短いパスならどうぞ通して下さい。でも、長いのは通させませんよ」といわんばかりの守備隊形を敷く。硬軟自在の守備。これではいくらヤードを稼いでも、得点にまで結びつけるのは難しい。
簡単に突破できそうなのに、そして実際、ヤードは稼いでいるのに、得点までは結びつけられない攻撃。強力なDL陣を中心に、完璧に封じ込めたように見えるのに、針の穴を通すように攻め込まれた守備。その上、魔法のような技術を持ったキッキングチームに翻弄されては、攻守ともに高い身体能力を持った赤の軍団も、その力を存分に発揮するまでには至らなかったのだろう。日大の選手たちにとっては、この日のファイターズは、まるで魔術師の集団に見えたとしても不思議ではない。頭に?マークが集団で巣を作ってもおかしくはない。
そういう不思議な、しかし周到に準備されたプレーを連発し、攻守だけでなくキッキングチームやベンチの采配までを含めて、すべてを総合し、撚(よ)りあわせて、ファイターズは勝利した。細い糸でも、何本も集めて撚りあわせると強力な綱(ロープ)になる。その撚りあわせる力、結びつける力を、人は絆と呼ぶ。「すべては気持ち」という合い言葉で撚りあわせた、ファイターズの絆はどのチームより強かった。
実力は紙一重、ひょっとしたら相手の方が上回っていたかもしれないのに、それを覆して勝ったファイターズの絆に、まずは拍手を送りたい。優勝、おめでとう。
僕がもし、相手チームの選手、あるいは監督、コーチなら、そんな疑問符が団体を組んで押し寄せてきただろう。4年ぶりの青と赤の対決、関西学院大学ファイターズと日本大学フェニックスが戦った甲子園ボウルの試合内容と結果のことである。
総獲得ヤードは297ヤードと260ヤード、ファーストダウンの更新回数は16回と12回、ボール所有時間は32分6秒と27分54秒。いずれも日大が関学を上回っている。逆に、反則の回数と罰退させられた距離は、それぞれ7回と3回、45ヤードと15ヤードで関学の方が日大より多い。なのに、肝心の得点は24−3。日大はフィールドゴール(FG)1本だけだったのに、関学は堂々と3本のタッチダウン(TD)と1本のFGを決めている。
不思議というしかない。気の利いた小説家なら、甲子園の緑の芝生の上に、手品か目くらましを得意とする幻術師が舞い降りた、とでも表現しそうな試合だった。
しかし、それは幻術師の仕業でも、手品師の目くらましでもない。周到に準備し、練りに練った仕掛けだった。
例えば、互いに2度ずつパントを蹴り合い、一進一退の状況で迎えた第1Q終盤、ファイターズが自陣29ヤードから始めた攻撃シリーズ。まず、QB畑からWR大園への14ヤードパスで陣地を進め、次はエースWR和田への43ヤードのパス。ともに相手ディフェンスのカバーをピンポイントでくぐり抜ける魔術師のようなパスであり、キャッチであった。この好機を、畑のスクランブルとRB望月のラッシュでTDに結びつけたのだが、それはラン攻撃に対する守備には絶対的な自信を持ち、逆にパスを警戒する相手守備陣の裏をかいた見事な戦法だった。
そして、この日の勝敗を決定づけたのが第2Qに入ってすぐ、自陣30数ヤードからK大西が蹴ったパント。相手陣深くまで高々と上がったこのボールを日大のリターナーがファンブル。それをDB大竹がゴール前2ヤードでカバーして攻撃権を奪い取り、即座に主将・松岡のTDランに結びつけた。
相手のミスにつけ込んだように見えたこのプレーはしかし、1年がかりで周到に準備されたものだった。キッキングチームの指導を担当している小野コーチによると「あれは大西が1年かけて磨き上げた特別のパント。リターナーのファンブルを誘うように仕掛けてあるのです。それを思い通りに決め、相手のファンブルを誘い、そのボールを見事にカバーしたカバーチームの芸術的なプレーです」という。
その証拠に、第4Qに入ってすぐ、大西が似たような位置から蹴ったパントも、相手リターナーがファンブルした。これは相手が抑え、ターンオーバーにはならなかったが、よほどキャッチしにくい弾道で飛んでくるのだろう。それ以降に2度、大西がパントを蹴ったが、2度とも相手リターナーはボールに手を触れず、転がるままに任せてしまった。おかげでファイターズは第4Q、必死に反撃を試みようとする相手を、常にゴール前10ヤード以内からの攻撃に追いやり、反撃の芽を摘み取った。魔術師、あるいは幻術師と呼ぶにふさわしいパントであり、キッキングチームの活躍だった。大西が今年の年間最優秀選手賞(チャック・ミルズ杯)を受賞したのには理由がある。リーグ戦からこの試合まで、営々とこういう場面を積み重ねてきたからである。
しかし、魔術師、幻術師はオフェンスだけにいたのではない。中央のランプレーを終始止め続けたディフェンス陣の活躍は、いくらほめてもほめきれない。なにより梶原、長島、池永、前川という布陣で臨んだDLの速さはただごとではなかった。大げさに言えば、相手オフェンス陣には、ボールがスナップされた瞬間、もう目の前に彼らが立ちふさがっていると見えたのではないか。これに加えて、2列目の池田や3列目の香山が再三、突き刺すようなタックルを見舞い、短いパスではダウンが更新できないような状況に相手を押しやってしまった。
ラン攻撃に自信を持ち、関東の激戦を勝ち抜いてきた相手だけに、その決め手を封じられると、攻撃は手詰まりになる。パスで活路を開くしかないが、そこでもファイターズは周到な対策を用意していた。相手のラン攻撃を封じて、常に第3ダウンロングという状況を作りだした上、その場面ではLBとDBが全員後方に下がり「短いパスならどうぞ通して下さい。でも、長いのは通させませんよ」といわんばかりの守備隊形を敷く。硬軟自在の守備。これではいくらヤードを稼いでも、得点にまで結びつけるのは難しい。
簡単に突破できそうなのに、そして実際、ヤードは稼いでいるのに、得点までは結びつけられない攻撃。強力なDL陣を中心に、完璧に封じ込めたように見えるのに、針の穴を通すように攻め込まれた守備。その上、魔法のような技術を持ったキッキングチームに翻弄されては、攻守ともに高い身体能力を持った赤の軍団も、その力を存分に発揮するまでには至らなかったのだろう。日大の選手たちにとっては、この日のファイターズは、まるで魔術師の集団に見えたとしても不思議ではない。頭に?マークが集団で巣を作ってもおかしくはない。
そういう不思議な、しかし周到に準備されたプレーを連発し、攻守だけでなくキッキングチームやベンチの采配までを含めて、すべてを総合し、撚(よ)りあわせて、ファイターズは勝利した。細い糸でも、何本も集めて撚りあわせると強力な綱(ロープ)になる。その撚りあわせる力、結びつける力を、人は絆と呼ぶ。「すべては気持ち」という合い言葉で撚りあわせた、ファイターズの絆はどのチームより強かった。
実力は紙一重、ひょっとしたら相手の方が上回っていたかもしれないのに、それを覆して勝ったファイターズの絆に、まずは拍手を送りたい。優勝、おめでとう。
posted by コラム「スタンドから」 at 14:45| Comment(2)
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2011年12月10日
(34)いざ聖地へ
「キラー・コンテンツ」という言葉がある。広告業界発祥の用語で、決定的な、極めつきの、という意味を持たせて使われる。
例えていえば、水戸黄門なら「葵の印籠」、阪神タイガースなら「六甲おろし」、巨人なら「王、長嶋」。いま風なら、ユニクロの「ヒートテック」というところか。
この季節の関西学院でいえば、クリスマスと甲子園ボウルがそれに相当する。関学を売り出すキラー・コンテンツ。それはいま、上ヶ原のキャンパスを訪れてみれば、即座に理解できる。正門を入り、中央芝生の正面には「聖地・甲子園へ集結せよ!!」と大書した巨大な横断幕が張られ、時計台にはまばゆいばかりのクリスマスツリー。その光に吸い寄せられるように、時計台の前には三々五々、下校途中の学生が集まり、カメラのシャッターを押している。その光景を見るたびに、彼、彼女らは生涯、この輝きを胸に刻み、ここを母なる大学と思って卒業していくに違いない、なるほどこれが「キラーのキラーたるゆえんか」と妙に納得する。
甲子園ボウルも、そしてファイターズの諸君の活躍も、それに劣らぬ感動を刻んでくれるに違いない。だが、それは甲子園に足を運び、青と赤の決戦を自分の目で見た人と、見なかった人では決定的に異なるはずだ。テレビ放送の中継で見ても、翌日の新聞で見ても、それなりの感慨はあるだろう。だが、冬でも緑の甲子園の芝生を舞台に躍動する「生のファイターズ」「気高く戦うファイターズ」を目のあたりにするとしないとでは、天と地ほどの違いがある。
青一色に染まったスタンドで思いっきり校歌を歌い、拍手と声援を送る。両軍の選手が激突する音はスタンドにまで響く。味方の好プレーにわき、相手の素晴らしいプレーに沈黙する。その繰り返し。いつしかスタンドとグラウンドは一体となり、選手の一挙一動にわがことのように反応する。その醍醐味。
試合終了の笛が鳴るまで、両軍とも一歩も譲らない戦いは、過去の歴史が証明している。4年前、長居スタジアムでの関学と日大の決戦は、試合終了3秒前のタッチダウンでファイターズが逆転勝ち。1984年の甲子園ボウルでは、ファイターズが残り4秒で8点差を追いつく粘りを見せ、両校優勝にこぎ着けた。こんな試合を目の前にすれば、それはその場にいた人すべてが生涯語り続ける伝説となる。そういう伝説を胸に刻んだ人が数多く存在することによって、ファイターズの活動がスクールスポーツとして敬意を払われ、キラーコンテンツとしての地位を獲得できたのである。
そういう舞台を数多くの同窓に見ていただきたい。学生諸君に味わってもらいたい。
僕は昨日、社会学部で担当している授業の中で、受講している学生諸君に「甲子園ボウルに行こう」「ファイターズを応援しよう」と呼び掛けた。本当は「甲子園ボウルに行った人には単位をあげます」といいたいところだったが、さすがにそういうことをいえば、ほかの先生方から叱られる。学生からも「何をバカなことを」といわれるかもしれない。
そこで少々遠慮して、黒板の片隅に「甲子園ボウル18日午後1時10分キックオフ」「1番LB池田、14番DB大森、72番OL田淵、スタメン出場予定。マネジャー野瀬」と書き、乞う応援!と書き添えた。
そして、同じ授業を受講している彼らが必ず活躍するから、是非、甲子園に足を運び、応援してくれ、と訴えた。
残念ながら、反応は鈍かった。でも、少なくとも同じ教室で席を並べている彼らが甲子園ボウルに出場すること、僕がいう通りに彼らが活躍してくれることに関心を持ってくれたことは間違いない。そして、ファイターズが甲子園ボウルに勝利すれば、生涯、彼、彼女らは「僕の、私の同級生が甲子園ボウルで勝った。あのとき活躍した選手らは僕の、私のゼミで一緒やったんや」と語り継いでくれるに違いない。
そういう仲間を増やしてほしい。そしてファイターズ伝説の「語り部」を増殖させてほしい。それが横断幕に書かれた「聖地・甲子園に集結せよ!!」の意味である。そういう大勢のファンの前で、ファイターズの諸君が思い切り躍動してくれたとき、ファイターズ、そして甲子園ボウルは、関西学院の「キラー・コンテンツ」として、さらに輝きを増すに違いない。
ファイターズの諸君の健闘、気高い戦いを心から祈っている。

付記
ファイターズは「スタンドをKGブルーに!」というキャンペーンを広報室の協力も得て進めている。
関学側の一塁側・ライト側のスタンドをスクールカラーのブルー一色で染めて、オール関西学院一体となった大声援で選手たちを後押ししようという狙いだ。クラブでは、青を着てきた人には「甲子園ボウル限定オリジナルステッカー」を用意して先着4,500人に提供するとのこと。ぜひ、ファイターズファミリーだけでなく、関西学院全体が「青」に結集しよう!
(↓詳しくはこちら↓)
http://www.kwansei.ac.jp/pr/pr_003691.html#01
例えていえば、水戸黄門なら「葵の印籠」、阪神タイガースなら「六甲おろし」、巨人なら「王、長嶋」。いま風なら、ユニクロの「ヒートテック」というところか。
この季節の関西学院でいえば、クリスマスと甲子園ボウルがそれに相当する。関学を売り出すキラー・コンテンツ。それはいま、上ヶ原のキャンパスを訪れてみれば、即座に理解できる。正門を入り、中央芝生の正面には「聖地・甲子園へ集結せよ!!」と大書した巨大な横断幕が張られ、時計台にはまばゆいばかりのクリスマスツリー。その光に吸い寄せられるように、時計台の前には三々五々、下校途中の学生が集まり、カメラのシャッターを押している。その光景を見るたびに、彼、彼女らは生涯、この輝きを胸に刻み、ここを母なる大学と思って卒業していくに違いない、なるほどこれが「キラーのキラーたるゆえんか」と妙に納得する。
甲子園ボウルも、そしてファイターズの諸君の活躍も、それに劣らぬ感動を刻んでくれるに違いない。だが、それは甲子園に足を運び、青と赤の決戦を自分の目で見た人と、見なかった人では決定的に異なるはずだ。テレビ放送の中継で見ても、翌日の新聞で見ても、それなりの感慨はあるだろう。だが、冬でも緑の甲子園の芝生を舞台に躍動する「生のファイターズ」「気高く戦うファイターズ」を目のあたりにするとしないとでは、天と地ほどの違いがある。
青一色に染まったスタンドで思いっきり校歌を歌い、拍手と声援を送る。両軍の選手が激突する音はスタンドにまで響く。味方の好プレーにわき、相手の素晴らしいプレーに沈黙する。その繰り返し。いつしかスタンドとグラウンドは一体となり、選手の一挙一動にわがことのように反応する。その醍醐味。
試合終了の笛が鳴るまで、両軍とも一歩も譲らない戦いは、過去の歴史が証明している。4年前、長居スタジアムでの関学と日大の決戦は、試合終了3秒前のタッチダウンでファイターズが逆転勝ち。1984年の甲子園ボウルでは、ファイターズが残り4秒で8点差を追いつく粘りを見せ、両校優勝にこぎ着けた。こんな試合を目の前にすれば、それはその場にいた人すべてが生涯語り続ける伝説となる。そういう伝説を胸に刻んだ人が数多く存在することによって、ファイターズの活動がスクールスポーツとして敬意を払われ、キラーコンテンツとしての地位を獲得できたのである。
そういう舞台を数多くの同窓に見ていただきたい。学生諸君に味わってもらいたい。
僕は昨日、社会学部で担当している授業の中で、受講している学生諸君に「甲子園ボウルに行こう」「ファイターズを応援しよう」と呼び掛けた。本当は「甲子園ボウルに行った人には単位をあげます」といいたいところだったが、さすがにそういうことをいえば、ほかの先生方から叱られる。学生からも「何をバカなことを」といわれるかもしれない。
そこで少々遠慮して、黒板の片隅に「甲子園ボウル18日午後1時10分キックオフ」「1番LB池田、14番DB大森、72番OL田淵、スタメン出場予定。マネジャー野瀬」と書き、乞う応援!と書き添えた。
そして、同じ授業を受講している彼らが必ず活躍するから、是非、甲子園に足を運び、応援してくれ、と訴えた。
残念ながら、反応は鈍かった。でも、少なくとも同じ教室で席を並べている彼らが甲子園ボウルに出場すること、僕がいう通りに彼らが活躍してくれることに関心を持ってくれたことは間違いない。そして、ファイターズが甲子園ボウルに勝利すれば、生涯、彼、彼女らは「僕の、私の同級生が甲子園ボウルで勝った。あのとき活躍した選手らは僕の、私のゼミで一緒やったんや」と語り継いでくれるに違いない。
そういう仲間を増やしてほしい。そしてファイターズ伝説の「語り部」を増殖させてほしい。それが横断幕に書かれた「聖地・甲子園に集結せよ!!」の意味である。そういう大勢のファンの前で、ファイターズの諸君が思い切り躍動してくれたとき、ファイターズ、そして甲子園ボウルは、関西学院の「キラー・コンテンツ」として、さらに輝きを増すに違いない。
ファイターズの諸君の健闘、気高い戦いを心から祈っている。

付記
ファイターズは「スタンドをKGブルーに!」というキャンペーンを広報室の協力も得て進めている。
関学側の一塁側・ライト側のスタンドをスクールカラーのブルー一色で染めて、オール関西学院一体となった大声援で選手たちを後押ししようという狙いだ。クラブでは、青を着てきた人には「甲子園ボウル限定オリジナルステッカー」を用意して先着4,500人に提供するとのこと。ぜひ、ファイターズファミリーだけでなく、関西学院全体が「青」に結集しよう!
(↓詳しくはこちら↓)
http://www.kwansei.ac.jp/pr/pr_003691.html#01
posted by コラム「スタンドから」 at 14:39| Comment(4)
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2011年12月05日
(33)アメフットは難しい
フットボールは難しい。本当に難しい。4日、甲子園ボウル出場をかけ、王子スタジアムで行われた西日本代表決定戦を見ながら、つくづくそのことを実感した。
結果は55−6。この得点だけを知った人は、ファイターズの圧勝と思われるかもしれない。しかし、現場で試合の流れを見ていると、とてもそんな気楽なことは考えられなかった。強豪揃いの関西リーグを戦う中で、チームとしての完成度が上がり、選手個々の地力でも、練習内容でも、相手の中京大を圧倒しているはずなのに、なかなか思い通りに試合を展開することができなかったのだ。
試合後のインタビューで、鳥内監督が「こんな試合やっとったら日本1にはなれへん」と答えていた。スタンドで観戦されていたファンの多くも「その通り」と思われたのではないか。
主将松岡兄をはじめ、オフェンスでは副将谷山、QB畑、WR小山の名前がスタメンから外れていた。ディフェンスでは、梶原、川端、香山の名前がなかった。スタメンに名前は連ねてはいても、WR和田や副将のDL長島らはすぐに後輩と交代し、試合経験の少ない下級生が次々と登場した。
チームの司令塔となるQBには、前半が糟谷、第3Q途中から1年生の松岡弟、斎藤、最後には2年生の橘までつぎ込んだ。ほかのポジションでも、4年間がんばってきたが、故障などで才能を開花しきれなかった4年生の控えメンバーや下級生が次々に出場した。
「2番手、3番手だけじゃなく、ポジションによっては5、6番手まで出しましたからね」(大村アシスタントヘッドコーチ)という状況。若手には試合経験を積ませ、存在をアピールする場に、ベンチを温めることの多かった4年生には思い出に残る試合にさせたいというベンチの思惑が露骨ににじみ出た試合だった。
だが、選手たちはその思いに応えることができただろうか。否、である。
得点の経過、内容がそれを証明している。チームとして組織的に攻め込んだというよりも、選手個人の能力、天分で一発タッチダウンとなった場面が大半だった。例えば、前半の立ち上がり。中京の最初の攻撃シリーズである。自陣23ヤードから始まった2度のラン攻撃はまったく進まず、第1ダウンまで10ヤードを残して苦し紛れのパス。それをDB大森が待ち構えていたようにインターセプトし、そのままサイドライン際を駆け上がってTD。K大西のキックも決まって7−0。簡単に主導権を奪った。
ファイターズの次の攻撃はファンブルで進めなかったが、自陣6ヤードという厳しい状況からスタートした3度目の攻撃シリーズでは、QB糟谷からWR南本への10数ヤードのパスがヒット。フリーで確保した南本が89ヤードを独走してTD。3本目のTDも相手パントをDB大竹がブロックし、敵陣19ヤードという好位置を得たことで得点に結びつけた。
後半も立ち上がり、相手のキックしたボールを自陣20ヤード付近で確保した鷺野がそのまま80ヤードを独走してTD。その後もRB望月と野々垣という、鷺野と同様、リーグ戦では交代メンバーとして常時、出場している選手がその個人技で相手守備陣を突き破ってTDに結びつけた。ゲームプランを組み立て、チームの組織力、総合力で相手ゴールに迫るという戦い方とは、少々異なっていたのである。
点を取ればそれでいい、勝てばいい、という試合なら、それでもよかろう。しかし、この試合の位置づけは「有望な下級生をどんどん出場させて経験を積ませたい。下級生や普段試合に出ていない上級生に、スタメンのメンバーを脅かすほどの力量があるかどうかを見極めたい」というところにあった。だからこそ、試合展開を見ながら「5番手、6番手のメンバーまで登用した」(大村コーチ)のだろう。チャンスを与えられた選手たちがその期待に応えられたかどうかという視点でみると、結構寂しいものがあった。
普段の練習では、それぞれが非凡な才能、というより飛び切りの才能(鳥内監督にいわせると、彼らは全員、関西リーグ一部の下位チームならスタメンが取れますよ、ということだった)を披露していただけに、それが試合で発揮できなかったことに僕は物足りなさを感じた。フットボールは難しい、というゆえんである。
実際、この試合の前、木曜と金曜日に上ヶ原のグラウンドへ練習を見に行った時には、松岡、斎藤という1年生QB2人はほとんど失敗する場面がなかった。この日、短いフィールドゴールを外し、PATも1本外した1年生K三輪も飛距離のあるキックをびしびしと決めていた。
ところが、試合になると、その力が思うように発揮できなかった。1年生には、決定的に試合経験が不足していること、これまでは大勢の観客の注目され、失敗が許されない状況で勝負をする機会に恵まれなかったことなどが原因だろう。そのことを考えると、彼らが存分に力を発揮できなかったことには同情する。
しかし、である。才能に恵まれた彼らが力を発揮し、スタメンの座を脅かすようになってくれないと、ファイターズの力は一段階上には上がれない。先発メンバーに「楽をさせ」「安心させ」ているようでは、チームの底上げはできないのである。
青と赤がその誇りをかけて戦い、体と体をぶつけ合い、気持ちと気持ちを切り結ばなければならない甲子園ボウルのことを見据えると、チーム全体がもう1段階上に行き、戦う集団、炎の集団にならないと勝利はおぼつかない。これからの試合では、けが人が出たからとか、経験が少ないからとかの言い訳は通用しないのである。
その点に思いを巡らせ、この日の戦いを振り返ると、本当にフットボールは難しいというしかない。
結果は55−6。この得点だけを知った人は、ファイターズの圧勝と思われるかもしれない。しかし、現場で試合の流れを見ていると、とてもそんな気楽なことは考えられなかった。強豪揃いの関西リーグを戦う中で、チームとしての完成度が上がり、選手個々の地力でも、練習内容でも、相手の中京大を圧倒しているはずなのに、なかなか思い通りに試合を展開することができなかったのだ。
試合後のインタビューで、鳥内監督が「こんな試合やっとったら日本1にはなれへん」と答えていた。スタンドで観戦されていたファンの多くも「その通り」と思われたのではないか。
主将松岡兄をはじめ、オフェンスでは副将谷山、QB畑、WR小山の名前がスタメンから外れていた。ディフェンスでは、梶原、川端、香山の名前がなかった。スタメンに名前は連ねてはいても、WR和田や副将のDL長島らはすぐに後輩と交代し、試合経験の少ない下級生が次々と登場した。
チームの司令塔となるQBには、前半が糟谷、第3Q途中から1年生の松岡弟、斎藤、最後には2年生の橘までつぎ込んだ。ほかのポジションでも、4年間がんばってきたが、故障などで才能を開花しきれなかった4年生の控えメンバーや下級生が次々に出場した。
「2番手、3番手だけじゃなく、ポジションによっては5、6番手まで出しましたからね」(大村アシスタントヘッドコーチ)という状況。若手には試合経験を積ませ、存在をアピールする場に、ベンチを温めることの多かった4年生には思い出に残る試合にさせたいというベンチの思惑が露骨ににじみ出た試合だった。
だが、選手たちはその思いに応えることができただろうか。否、である。
得点の経過、内容がそれを証明している。チームとして組織的に攻め込んだというよりも、選手個人の能力、天分で一発タッチダウンとなった場面が大半だった。例えば、前半の立ち上がり。中京の最初の攻撃シリーズである。自陣23ヤードから始まった2度のラン攻撃はまったく進まず、第1ダウンまで10ヤードを残して苦し紛れのパス。それをDB大森が待ち構えていたようにインターセプトし、そのままサイドライン際を駆け上がってTD。K大西のキックも決まって7−0。簡単に主導権を奪った。
ファイターズの次の攻撃はファンブルで進めなかったが、自陣6ヤードという厳しい状況からスタートした3度目の攻撃シリーズでは、QB糟谷からWR南本への10数ヤードのパスがヒット。フリーで確保した南本が89ヤードを独走してTD。3本目のTDも相手パントをDB大竹がブロックし、敵陣19ヤードという好位置を得たことで得点に結びつけた。
後半も立ち上がり、相手のキックしたボールを自陣20ヤード付近で確保した鷺野がそのまま80ヤードを独走してTD。その後もRB望月と野々垣という、鷺野と同様、リーグ戦では交代メンバーとして常時、出場している選手がその個人技で相手守備陣を突き破ってTDに結びつけた。ゲームプランを組み立て、チームの組織力、総合力で相手ゴールに迫るという戦い方とは、少々異なっていたのである。
点を取ればそれでいい、勝てばいい、という試合なら、それでもよかろう。しかし、この試合の位置づけは「有望な下級生をどんどん出場させて経験を積ませたい。下級生や普段試合に出ていない上級生に、スタメンのメンバーを脅かすほどの力量があるかどうかを見極めたい」というところにあった。だからこそ、試合展開を見ながら「5番手、6番手のメンバーまで登用した」(大村コーチ)のだろう。チャンスを与えられた選手たちがその期待に応えられたかどうかという視点でみると、結構寂しいものがあった。
普段の練習では、それぞれが非凡な才能、というより飛び切りの才能(鳥内監督にいわせると、彼らは全員、関西リーグ一部の下位チームならスタメンが取れますよ、ということだった)を披露していただけに、それが試合で発揮できなかったことに僕は物足りなさを感じた。フットボールは難しい、というゆえんである。
実際、この試合の前、木曜と金曜日に上ヶ原のグラウンドへ練習を見に行った時には、松岡、斎藤という1年生QB2人はほとんど失敗する場面がなかった。この日、短いフィールドゴールを外し、PATも1本外した1年生K三輪も飛距離のあるキックをびしびしと決めていた。
ところが、試合になると、その力が思うように発揮できなかった。1年生には、決定的に試合経験が不足していること、これまでは大勢の観客の注目され、失敗が許されない状況で勝負をする機会に恵まれなかったことなどが原因だろう。そのことを考えると、彼らが存分に力を発揮できなかったことには同情する。
しかし、である。才能に恵まれた彼らが力を発揮し、スタメンの座を脅かすようになってくれないと、ファイターズの力は一段階上には上がれない。先発メンバーに「楽をさせ」「安心させ」ているようでは、チームの底上げはできないのである。
青と赤がその誇りをかけて戦い、体と体をぶつけ合い、気持ちと気持ちを切り結ばなければならない甲子園ボウルのことを見据えると、チーム全体がもう1段階上に行き、戦う集団、炎の集団にならないと勝利はおぼつかない。これからの試合では、けが人が出たからとか、経験が少ないからとかの言い訳は通用しないのである。
その点に思いを巡らせ、この日の戦いを振り返ると、本当にフットボールは難しいというしかない。
posted by コラム「スタンドから」 at 23:20| Comment(2)
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2011年11月28日
(32)空に弦月、地に男前
こういうのを男前、と呼ぶのだろう。宿敵・立命館を37−7の大差で下し、観客席に向かって整列したファイターズの面々の表情を眺めながら、そんなことを思った。
そこには、何事かを成し遂げた男のみが見せることのできる満ち足りた表情があり、自らの生き様をライバルとの死闘の中で表現し得た男のみに許される輝きがあった。
頭をつるつるにそり上げ、必死の形相で強敵に立ち向かった主将松岡、副将長島、谷山。立ち上がりからピンポイントのパスを確実にキャッチし、絶妙のランで2本のTDに結びつけたWR和田。それが先制パンチとなって、相手には焦りを呼び、ファイターズには主導権をもたらせた。
相手のエースQBに強烈なタックルを見舞たDB香山はDBのパートリーダー。OLのパートリーダーである濱本もまた下級生主体のラインを鼓舞して懸命のブロックを続け、立命の速くて強い守備陣からQBやRBを守った。チームを率いる主将、副将はもちろん率先垂範。松岡主将がホームページで宣言した「僕らの生き様を見て下さい」という言葉に結束した4年生が体を張って表現した。
キッキングチームを率いる大西の冷静さも特筆される。正確無比なキックで4本のトライフォーポイントを成功させ、3本のフィールドゴールを確実に決めて得点を積み重ねた。どんなに観客席が騒いでも、相手守備陣が思い切ったブリッツに来ても、表情一つ変えず、滞空時間のあるキックや距離の出るキックを正確に蹴り分ける姿は、どれほどチームメートを落ち着かせたことか。先日の京大戦に引き続き、彼のキックとキッキングカバーチームでファイターズは終始、相手を苦しい位置からの攻撃に追いやり、味方守備陣に余裕を与えることができた。
体を張って最高のパフォーマンスを見せたのは、4年生だけではない。自らをおとりにして相手守備陣を引きつけ、ぎりぎりまで我慢してパスコースが開くのを待って絶妙のパスを次々とヒットさせたQB畑は、この日の主役である。彼はQBドローやスクランブルにも果敢に挑み、自らの足で陣地を進めた。その勇気あるプレーには、どれだけ拍手を送っても足りないほどだ。
体を張るといえば、走るのが専門と思われているRBやレシーバーの体を張ったブロックも見応えがあった。ブロックに秀でたWR小山が立ち上がり、立て続けに決めた2本のパスキャッチは、先制のTDにつながったし、WR梅本の的確なブロックは和田の独走TDを生んだ。立命守備陣の強固な壁に、何度もぶつかっていったRB望月や野々村、鷺野の果敢な挑戦は、TE金本のパスキャッチからのTDや望月の独走TDにつながった。彼らの内一人でも、試合中にひるんだ様子を見せていたら、これらのTDは生まれなかったに違いない。
守備陣も生き生きと動き回った。長島、梶原を中心とするラインは営々と中央を守り、2列目は川端や池田が素早い反応で相手に仕事をさせない。香山が率いるDBも大森や鳥内、保宗らスピードのあるメンバーが立命の攻撃陣にスピード負けせず、再三相手のパスをカットした。
後半になると、インターセプトの量産。相手QBが下級生に代わった隙をつき、大森、池田、保宗、重田が立て続けに4本のインターセプトを奪った。相手が素晴らしい運動能力を持った立命の選手たちということを考えると、これは特筆すべきできごとである。全員が互いに仲間を信じ、自分たちのやってきたことを信じてプレーした結果が、この成果につながったのだろう。
もちろん、立命は点差以上に強かった。ファイターズが前半、立て続けに得点を挙げ、主導権を握ったからよかったものの、途中、ぐいぐい押し上げてくる迫力はただごとではなかった。アクシデントに焦らず、じっくり攻め込まれていたら、もっともっと僅差の試合になっていたに違いない。
例えば、ファーストダウン獲得回数はファイターズの16回に対して立命は19回。総獲得ヤードはファイターズの397ヤードに対して立命は292ヤード。得点差が示すほどの力の差がなかったのは、こうした数字を見ればよく分かる。
そんな強敵を相手にファイターズの諸君は全員、ひるまず臆さず、みんなが結束し、すべての力を発揮して戦った。こんなメンバーを男前と呼ばずになんと呼ぶべきか。
試合の形勢がファイターズに傾き、グラウンドに照明がともされた頃、長居スタジアムの上空に、針のように細い三日月が上った。校章よりやや細い、その黄色い弦月を眺めていると、今季は関西学院、そしてファイターズに何かいいことが起こりそうな気がしてきた。空に弦月、地に男前。
天上の三日月に張り合うのは「僕たちの生き様を見て下さい」と宣言して戦う男前の集団である。さらに朝鍛夕練。稽古を積んで、このまま甲子園から東京ドームまで、一気に突っ走ってもらいたい。
そこには、何事かを成し遂げた男のみが見せることのできる満ち足りた表情があり、自らの生き様をライバルとの死闘の中で表現し得た男のみに許される輝きがあった。
頭をつるつるにそり上げ、必死の形相で強敵に立ち向かった主将松岡、副将長島、谷山。立ち上がりからピンポイントのパスを確実にキャッチし、絶妙のランで2本のTDに結びつけたWR和田。それが先制パンチとなって、相手には焦りを呼び、ファイターズには主導権をもたらせた。
相手のエースQBに強烈なタックルを見舞たDB香山はDBのパートリーダー。OLのパートリーダーである濱本もまた下級生主体のラインを鼓舞して懸命のブロックを続け、立命の速くて強い守備陣からQBやRBを守った。チームを率いる主将、副将はもちろん率先垂範。松岡主将がホームページで宣言した「僕らの生き様を見て下さい」という言葉に結束した4年生が体を張って表現した。
キッキングチームを率いる大西の冷静さも特筆される。正確無比なキックで4本のトライフォーポイントを成功させ、3本のフィールドゴールを確実に決めて得点を積み重ねた。どんなに観客席が騒いでも、相手守備陣が思い切ったブリッツに来ても、表情一つ変えず、滞空時間のあるキックや距離の出るキックを正確に蹴り分ける姿は、どれほどチームメートを落ち着かせたことか。先日の京大戦に引き続き、彼のキックとキッキングカバーチームでファイターズは終始、相手を苦しい位置からの攻撃に追いやり、味方守備陣に余裕を与えることができた。
体を張って最高のパフォーマンスを見せたのは、4年生だけではない。自らをおとりにして相手守備陣を引きつけ、ぎりぎりまで我慢してパスコースが開くのを待って絶妙のパスを次々とヒットさせたQB畑は、この日の主役である。彼はQBドローやスクランブルにも果敢に挑み、自らの足で陣地を進めた。その勇気あるプレーには、どれだけ拍手を送っても足りないほどだ。
体を張るといえば、走るのが専門と思われているRBやレシーバーの体を張ったブロックも見応えがあった。ブロックに秀でたWR小山が立ち上がり、立て続けに決めた2本のパスキャッチは、先制のTDにつながったし、WR梅本の的確なブロックは和田の独走TDを生んだ。立命守備陣の強固な壁に、何度もぶつかっていったRB望月や野々村、鷺野の果敢な挑戦は、TE金本のパスキャッチからのTDや望月の独走TDにつながった。彼らの内一人でも、試合中にひるんだ様子を見せていたら、これらのTDは生まれなかったに違いない。
守備陣も生き生きと動き回った。長島、梶原を中心とするラインは営々と中央を守り、2列目は川端や池田が素早い反応で相手に仕事をさせない。香山が率いるDBも大森や鳥内、保宗らスピードのあるメンバーが立命の攻撃陣にスピード負けせず、再三相手のパスをカットした。
後半になると、インターセプトの量産。相手QBが下級生に代わった隙をつき、大森、池田、保宗、重田が立て続けに4本のインターセプトを奪った。相手が素晴らしい運動能力を持った立命の選手たちということを考えると、これは特筆すべきできごとである。全員が互いに仲間を信じ、自分たちのやってきたことを信じてプレーした結果が、この成果につながったのだろう。
もちろん、立命は点差以上に強かった。ファイターズが前半、立て続けに得点を挙げ、主導権を握ったからよかったものの、途中、ぐいぐい押し上げてくる迫力はただごとではなかった。アクシデントに焦らず、じっくり攻め込まれていたら、もっともっと僅差の試合になっていたに違いない。
例えば、ファーストダウン獲得回数はファイターズの16回に対して立命は19回。総獲得ヤードはファイターズの397ヤードに対して立命は292ヤード。得点差が示すほどの力の差がなかったのは、こうした数字を見ればよく分かる。
そんな強敵を相手にファイターズの諸君は全員、ひるまず臆さず、みんなが結束し、すべての力を発揮して戦った。こんなメンバーを男前と呼ばずになんと呼ぶべきか。
試合の形勢がファイターズに傾き、グラウンドに照明がともされた頃、長居スタジアムの上空に、針のように細い三日月が上った。校章よりやや細い、その黄色い弦月を眺めていると、今季は関西学院、そしてファイターズに何かいいことが起こりそうな気がしてきた。空に弦月、地に男前。
天上の三日月に張り合うのは「僕たちの生き様を見て下さい」と宣言して戦う男前の集団である。さらに朝鍛夕練。稽古を積んで、このまま甲子園から東京ドームまで、一気に突っ走ってもらいたい。
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2011年11月23日
(31)人が成長する瞬間
この秋、朝日新聞出版から発行されたアエラムック「関西学院大学 by AERA」に、僕はファイターズについて、こんな文章を書いた。
「たとえ戦力的に劣っている時でも、戦術を工夫し、知恵をしぼり、精神性を高めて、いつも力を最大限に発揮するチームを作ってきたのがファイターズであり、戦後、一貫してアメフット界の頂点を争い続けてきた唯一のチームとしての矜持(きょうじ)である。関西学院のスクールスポーツとして敬意を払われ、部員たちもそのことに特別の思いを持つ基盤はここにある」
それは例えば、今度の日曜日、長居スタジアムで相まみえる立命館との決戦を前に、ファイターズの構成員とそれに連なるすべての人々が胸に抱いている思いではなかろうか。
戦力的には劣っているかもしれない。けれども「戦術を工夫し、知恵をしぼり、精神性を高めて、いつも力を最大限に発揮するチームを作ってきた」と、チームを構成するすべてのメンバーが自信を持っていえる時、道は開ける。狭き門、試練の壁を突破することが可能になる。
僕は長年、一人のファンとして、ファイターズを応援してきた。この12年間は毎年、スポーツ推薦でファイターズを志望する高校生を相手に小論文の勉強会を開き、6年前からは、毎週のようにこのコラムを書いている。「取材」と称して練習も見に行くし、合宿にも顔を出す。試合の直後、控え室に引き揚げる選手たちに声を掛け、簡単な話を聞くこともある。就職活動の相談や授業などを通して、部員の悩みを聞く機会も少なくない。
こういう接し方をしていると、部員の喜怒哀楽、いろんなことが分かってくる。しっかりしているように見えても、彼らはまだ20歳前後の多感な青年である。迷いもあれば、動揺もある。時には若気の至りというか、やんちゃな素顔も見える。悩みごとも多い。
技量が思うように上達せず、落ち込んでいる選手、大事なところで失敗しないかと、どこか自信なさげな選手、逆に、どんなに緊張した場面でも、普段通り明るく振る舞える選手。必ず立ち止まって話しかけてくる選手。学業で悩みを抱えている選手。グラウンドのパフォーマンスだけでなく、練習前、練習後のちょっとした仕草にも、その胸の内が垣間見える。
そういう姿を見ていると、ある日突然「この子は成長したな」と感じる時がある。表情が明るくなり、振る舞いに落ち着きが出てくる。チームの仲間に対する接し方が変わってくる。シーズンが深まるにつれて、とりわけ4年生の言動が変わってくる。コーチや監督にいわせると「まだまだですよ」といわれるが、そんなことはない。どこかで壁を突破し、一段上のステージに上ったと実感させてくれる選手が増えてくるのである。
それは、当の選手が一番よく知っている。苦しい練習をやりきったとき、試合でこれまではどうしてもうまくいかなかったプレーが成功したとき、追い上げて来る後輩よりなお一段階上のプレーができたとき、あるいは大学の定期試験で成果が実感できたとき、人は自分の成長を実感できるだろう。
それは、新聞記者として40数年、終始現場に身を置き、自分を鍛えてきた僕の実感でもある。日々の努力の成果は、なかなか具体的な形には表れてこない。けれども、ある日突然、頭の中でスイッチが点灯し、周囲が明るくなったような感覚に襲われることがある。あるいは、気がつけば、知らないうちに目標としていた高みに上がってしまっていた、という方が当たっているかもしれない。
大切なことは、試練を試練と意識せず、努力を続けることである。たとえ目の前に巨大な壁が立ちふさがっていたとしても、決してあきらめないことである。向上心を持って、必死に足をかき、もがき続けていれば、ある時突然、目の前に大きな走路が開けていることがある。狭い門だからこそ、それを突破したときの喜びは大きい。その喜びの実感が人を成長させるのである。
さきの「アエラ」の原稿で、僕は結びとしてこんな文章を書いた。
「上ヶ原のグラウンドには、人を人として成長させる磁気が流れている。それは常に勝つことへの意識を高め、その圧力に打ち克とうと努力を続ける学生と、それを支える監督やコーチが醸し出すものである。草創期のメンバーが無意識のうちに埋め込んだものであり、歴代のOBがライバルとの戦いの中で醸成してきたものでもある。自発性を重視し、献身に価値を置くチームとしてのたたずまいがもたらせたものといってもよいだろう」
「人はそれを称して伝統と呼ぶ。ファイターズにおいては、それがチームソングにある勝利者の名を誇りに思い、その名に恥じないチームとしての品性を持て、という意味につながるのである」
人を人として成長させる場所。そこで鍛えた選手諸君が今度の日曜日、長居スタジアムで、誰もが驚くほど成長した姿を見せてくれるに違いない。僕はそれを確信している。
「たとえ戦力的に劣っている時でも、戦術を工夫し、知恵をしぼり、精神性を高めて、いつも力を最大限に発揮するチームを作ってきたのがファイターズであり、戦後、一貫してアメフット界の頂点を争い続けてきた唯一のチームとしての矜持(きょうじ)である。関西学院のスクールスポーツとして敬意を払われ、部員たちもそのことに特別の思いを持つ基盤はここにある」
それは例えば、今度の日曜日、長居スタジアムで相まみえる立命館との決戦を前に、ファイターズの構成員とそれに連なるすべての人々が胸に抱いている思いではなかろうか。
戦力的には劣っているかもしれない。けれども「戦術を工夫し、知恵をしぼり、精神性を高めて、いつも力を最大限に発揮するチームを作ってきた」と、チームを構成するすべてのメンバーが自信を持っていえる時、道は開ける。狭き門、試練の壁を突破することが可能になる。
僕は長年、一人のファンとして、ファイターズを応援してきた。この12年間は毎年、スポーツ推薦でファイターズを志望する高校生を相手に小論文の勉強会を開き、6年前からは、毎週のようにこのコラムを書いている。「取材」と称して練習も見に行くし、合宿にも顔を出す。試合の直後、控え室に引き揚げる選手たちに声を掛け、簡単な話を聞くこともある。就職活動の相談や授業などを通して、部員の悩みを聞く機会も少なくない。
こういう接し方をしていると、部員の喜怒哀楽、いろんなことが分かってくる。しっかりしているように見えても、彼らはまだ20歳前後の多感な青年である。迷いもあれば、動揺もある。時には若気の至りというか、やんちゃな素顔も見える。悩みごとも多い。
技量が思うように上達せず、落ち込んでいる選手、大事なところで失敗しないかと、どこか自信なさげな選手、逆に、どんなに緊張した場面でも、普段通り明るく振る舞える選手。必ず立ち止まって話しかけてくる選手。学業で悩みを抱えている選手。グラウンドのパフォーマンスだけでなく、練習前、練習後のちょっとした仕草にも、その胸の内が垣間見える。
そういう姿を見ていると、ある日突然「この子は成長したな」と感じる時がある。表情が明るくなり、振る舞いに落ち着きが出てくる。チームの仲間に対する接し方が変わってくる。シーズンが深まるにつれて、とりわけ4年生の言動が変わってくる。コーチや監督にいわせると「まだまだですよ」といわれるが、そんなことはない。どこかで壁を突破し、一段上のステージに上ったと実感させてくれる選手が増えてくるのである。
それは、当の選手が一番よく知っている。苦しい練習をやりきったとき、試合でこれまではどうしてもうまくいかなかったプレーが成功したとき、追い上げて来る後輩よりなお一段階上のプレーができたとき、あるいは大学の定期試験で成果が実感できたとき、人は自分の成長を実感できるだろう。
それは、新聞記者として40数年、終始現場に身を置き、自分を鍛えてきた僕の実感でもある。日々の努力の成果は、なかなか具体的な形には表れてこない。けれども、ある日突然、頭の中でスイッチが点灯し、周囲が明るくなったような感覚に襲われることがある。あるいは、気がつけば、知らないうちに目標としていた高みに上がってしまっていた、という方が当たっているかもしれない。
大切なことは、試練を試練と意識せず、努力を続けることである。たとえ目の前に巨大な壁が立ちふさがっていたとしても、決してあきらめないことである。向上心を持って、必死に足をかき、もがき続けていれば、ある時突然、目の前に大きな走路が開けていることがある。狭い門だからこそ、それを突破したときの喜びは大きい。その喜びの実感が人を成長させるのである。
さきの「アエラ」の原稿で、僕は結びとしてこんな文章を書いた。
「上ヶ原のグラウンドには、人を人として成長させる磁気が流れている。それは常に勝つことへの意識を高め、その圧力に打ち克とうと努力を続ける学生と、それを支える監督やコーチが醸し出すものである。草創期のメンバーが無意識のうちに埋め込んだものであり、歴代のOBがライバルとの戦いの中で醸成してきたものでもある。自発性を重視し、献身に価値を置くチームとしてのたたずまいがもたらせたものといってもよいだろう」
「人はそれを称して伝統と呼ぶ。ファイターズにおいては、それがチームソングにある勝利者の名を誇りに思い、その名に恥じないチームとしての品性を持て、という意味につながるのである」
人を人として成長させる場所。そこで鍛えた選手諸君が今度の日曜日、長居スタジアムで、誰もが驚くほど成長した姿を見せてくれるに違いない。僕はそれを確信している。
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2011年11月15日
(30)予想という名の願望
京大戦の朝は、5時に起きた。家人は誰も熟睡中。朝刊を読み終え、静かにシャワーを浴びて、すっきりしたところで机に向かう。その日の天候を見て、試合展開を予測し、自分が監督やコーチになったつもりで、勝手な作戦を練る。活躍してくれそうな選手の顔と名前が次々に浮かんでくる。試合当日、誰にも邪魔されたくない至福の時間が始まる。
勝手に考えた作戦は当たることもあるし、当たらないこともある。活躍してくれそうな選手が思いの外調子が悪かったり、思わぬ選手が活躍してくれることもある。誰に相談することもなく、事前に誰かに打ち明けることもないから、予測が当たろうが外れようが、そんなことはどうでもよい。自分の「今日の試合はこのように展開してほしい」という願望を「作戦」と称しているだけだから、誰に迷惑をかけることもない。
この「作戦」というより「願望」が、京大戦では8割方的中した。自分でも驚きながら、このコラムを書いている。
まず、ロースコアのゲームになることを前提に、互いに辛抱、我慢の展開になると予想し、キッキングの出来不出来が勝敗を分けるとにらんだ。試合で目立った活躍をしてくれそうな予感がしたのは、オフェンスでは主将松岡、WR和田、小山、そしてK大西である。それぞれ、キッキングゲームにおいても、必ずヒーローになる場面が来るはずと、勝手な願望を付け加えた。さらに、ほんの短い時間、グラウンドに登場するであろう4年生、例えばQB糟谷やRB兵田らが目立つ場面が必ずあるとも予想した。
デフェンスの予測が難しかった。誰もがヒーローになる可能性があるし、ひょっとしてポカをしでかす選手が出てくるのではないかという懸念も、頭の片隅にはあった。しかし、僕の頭では、どう守れば一番効果があるのか、という答えは出てこなかった。結局、つまらないことを考えるより、DL、LB、DB諸君の高い運動能力と俊敏な動きに期待しよう、相手がどんな秘策を練ってきても、誰かが必ずカバーしてくれる、大崩れはないと信じるしかない、と結論づけて、それ以上は考えるのをやめた。外野は無責任である。
さて、試合である。立ち上がり、ファイターズは松岡の35ヤードリターンで50ヤードからの攻撃。先発の糟谷がいきなり中央を突破して7ヤードを獲得。味方を奮い立たせる元気なプレーである。3回のランプレーでダウンを更新すると、QB畑から小山への36ヤードのパスが炸裂、いきなり相手ゴール前4ヤードに攻め込む。
ところが、ここで京大の守備陣が踏ん張る。強烈なタックルでRB望月のダイブプレーを跳ね返し、残り4ヤードを守りきる。結局は大西のFGで3点。
ランプレーに徹した京大の攻撃シリーズを全員で食い止め、再びファイターズの攻撃。今度は畑からTE金本、WR和田へのパス、松岡のドロープレー、さらにはトリッキーなパスプレーなどを交えて、あっという間に敵陣21ヤード。だが、ここからが攻めきれない。大西のFGも失敗して無得点。
第2Qに入って最初の攻撃シリーズもちぐはぐだった。QBのファンブルで大きく陣地を失った後に、小山へのパスが成功。ようやく落ち着いたかと思った瞬間に、パスインターセプト。相手に攻撃権を奪われ、あげくにFGにまで持ち込まれて3−3の同点。
だが、主将松岡があわやTDかと思わせる77ヤードのキックオフリターンでファイターズの士気を奮い立たせる。相手ゴール前20ヤードからの攻撃で畑が和田へのパスを成功させ、残り7ヤード。だが、反則による罰退などで、ここでもTDは取れず、大西のFGによる3点のみ。
次のシリーズでは、キッキングチームが絶妙のカバーを見せ、京大を自陣16ヤードからの攻撃に追いやる。前半、残り時間は1分54秒。ここでファイターズベンチは3回連続でタイムアウトを要求。京大の攻撃機会を封じ、逆に自分たちの攻撃時間を確保しようと試みる。この積極的な作戦に守備陣が応え、京大の攻撃を完封して攻撃権を取り戻す。
残り時間は1分54秒。ゴール前35ヤード付近からの攻撃は和田と小山へのパスで、あっという間にゴール前数ヤード。しかし、そこからが攻めきれない。通ったと思ったTDパスをはじいたりして、またまた大西のFG。結局、前半は互いにTDが奪えずフィールドゴールだけの9−3。
後半になっても、京大守備陣のスタミナは衰えない。攻撃陣も果敢にパスを通して攻め込んでくる。しかし、守備陣が奮起し、肝心なところは食い止める。
ファイターズの攻撃陣も、京大ディフェンスの素早くて強力な守りに手を焼き、後半は3度もパントに追い込まれた。しかしその都度、大西が滞空時間の長いパントを相手陣深くまで蹴り込み、主導権は渡さない。
そんな中、後半、唯一のチャンスとなった場面で、大西が47ヤードのFGを決めて3点を追加。キッキングチームを率いるリーダーの意地とプライドを見せつけた。
厳しい状況下で、何度もスーパーキャッチを見せた和田、リターナーとしても再三、ロングゲインを奪い、士気を鼓舞した松岡らの活躍もあって、4年生が引っ張っていくチームの姿がようやく見えてきた。我慢と辛抱、勝つための高いモラルも見えてきた気がする。
立命戦まで、あと10日余り。京大戦で見せた粘りと勇気を、チーム全体でさらに進化させ、決戦に挑んでほしい。
勝手に考えた作戦は当たることもあるし、当たらないこともある。活躍してくれそうな選手が思いの外調子が悪かったり、思わぬ選手が活躍してくれることもある。誰に相談することもなく、事前に誰かに打ち明けることもないから、予測が当たろうが外れようが、そんなことはどうでもよい。自分の「今日の試合はこのように展開してほしい」という願望を「作戦」と称しているだけだから、誰に迷惑をかけることもない。
この「作戦」というより「願望」が、京大戦では8割方的中した。自分でも驚きながら、このコラムを書いている。
まず、ロースコアのゲームになることを前提に、互いに辛抱、我慢の展開になると予想し、キッキングの出来不出来が勝敗を分けるとにらんだ。試合で目立った活躍をしてくれそうな予感がしたのは、オフェンスでは主将松岡、WR和田、小山、そしてK大西である。それぞれ、キッキングゲームにおいても、必ずヒーローになる場面が来るはずと、勝手な願望を付け加えた。さらに、ほんの短い時間、グラウンドに登場するであろう4年生、例えばQB糟谷やRB兵田らが目立つ場面が必ずあるとも予想した。
デフェンスの予測が難しかった。誰もがヒーローになる可能性があるし、ひょっとしてポカをしでかす選手が出てくるのではないかという懸念も、頭の片隅にはあった。しかし、僕の頭では、どう守れば一番効果があるのか、という答えは出てこなかった。結局、つまらないことを考えるより、DL、LB、DB諸君の高い運動能力と俊敏な動きに期待しよう、相手がどんな秘策を練ってきても、誰かが必ずカバーしてくれる、大崩れはないと信じるしかない、と結論づけて、それ以上は考えるのをやめた。外野は無責任である。
さて、試合である。立ち上がり、ファイターズは松岡の35ヤードリターンで50ヤードからの攻撃。先発の糟谷がいきなり中央を突破して7ヤードを獲得。味方を奮い立たせる元気なプレーである。3回のランプレーでダウンを更新すると、QB畑から小山への36ヤードのパスが炸裂、いきなり相手ゴール前4ヤードに攻め込む。
ところが、ここで京大の守備陣が踏ん張る。強烈なタックルでRB望月のダイブプレーを跳ね返し、残り4ヤードを守りきる。結局は大西のFGで3点。
ランプレーに徹した京大の攻撃シリーズを全員で食い止め、再びファイターズの攻撃。今度は畑からTE金本、WR和田へのパス、松岡のドロープレー、さらにはトリッキーなパスプレーなどを交えて、あっという間に敵陣21ヤード。だが、ここからが攻めきれない。大西のFGも失敗して無得点。
第2Qに入って最初の攻撃シリーズもちぐはぐだった。QBのファンブルで大きく陣地を失った後に、小山へのパスが成功。ようやく落ち着いたかと思った瞬間に、パスインターセプト。相手に攻撃権を奪われ、あげくにFGにまで持ち込まれて3−3の同点。
だが、主将松岡があわやTDかと思わせる77ヤードのキックオフリターンでファイターズの士気を奮い立たせる。相手ゴール前20ヤードからの攻撃で畑が和田へのパスを成功させ、残り7ヤード。だが、反則による罰退などで、ここでもTDは取れず、大西のFGによる3点のみ。
次のシリーズでは、キッキングチームが絶妙のカバーを見せ、京大を自陣16ヤードからの攻撃に追いやる。前半、残り時間は1分54秒。ここでファイターズベンチは3回連続でタイムアウトを要求。京大の攻撃機会を封じ、逆に自分たちの攻撃時間を確保しようと試みる。この積極的な作戦に守備陣が応え、京大の攻撃を完封して攻撃権を取り戻す。
残り時間は1分54秒。ゴール前35ヤード付近からの攻撃は和田と小山へのパスで、あっという間にゴール前数ヤード。しかし、そこからが攻めきれない。通ったと思ったTDパスをはじいたりして、またまた大西のFG。結局、前半は互いにTDが奪えずフィールドゴールだけの9−3。
後半になっても、京大守備陣のスタミナは衰えない。攻撃陣も果敢にパスを通して攻め込んでくる。しかし、守備陣が奮起し、肝心なところは食い止める。
ファイターズの攻撃陣も、京大ディフェンスの素早くて強力な守りに手を焼き、後半は3度もパントに追い込まれた。しかしその都度、大西が滞空時間の長いパントを相手陣深くまで蹴り込み、主導権は渡さない。
そんな中、後半、唯一のチャンスとなった場面で、大西が47ヤードのFGを決めて3点を追加。キッキングチームを率いるリーダーの意地とプライドを見せつけた。
厳しい状況下で、何度もスーパーキャッチを見せた和田、リターナーとしても再三、ロングゲインを奪い、士気を鼓舞した松岡らの活躍もあって、4年生が引っ張っていくチームの姿がようやく見えてきた。我慢と辛抱、勝つための高いモラルも見えてきた気がする。
立命戦まで、あと10日余り。京大戦で見せた粘りと勇気を、チーム全体でさらに進化させ、決戦に挑んでほしい。
posted by コラム「スタンドから」 at 21:25| Comment(2)
| in 2011 season
2011年11月08日
(29)ファイターズの標準
シーズンが佳境に入ってくると、なぜか、今季のチームにまつわるいろいろな場面が脳裏に浮かんでくる。
例えば春先、甲山までの走り込みの練習でこんな場面に出くわした。先頭から遠く引き離された最後尾の4年生が第3フィールドに戻ってきた時のことだ。その選手は強靱な体を持ち、当たる力も瞬発力もあるが、長距離走は苦手らしい。息も絶え絶えの様子で、両脇をマネジャーとトレーナーに抱えられるようにして、八幡神社の角を曲がり、フィールド入口のロータリーに姿を見せた。
それを出迎えたのが一足早くゴールしていたK大西君ら数人。「もう一息!」「がんばれ!」と声を掛け、励ましながら、一緒に走り出した。その声に元気づけられて選手は、一瞬、うれしそうな表情をみせ、最後の力を振り絞って、ゴールまでを走り切った。
選手に伴走して、最後まで走り切らせたマネジャーとトレーナー。自身も疲れているはずなのに、わざわざ出迎えにきて、フィニッシュを決めさせた仲間たち。このシーンを巧まずして演出した関係者全員が4年生だったというところに、今季のチームの結束力を見た。
春のシーズンが始まった頃には、雨の日の練習でこんな場面にも遭遇した。主将の松岡君に副将の長島君が激しくくってかかり、殴りつけそうになったのだ。それも1度だけではなく、2度、3度。そのたびに周囲が止めに入って事なきを得たが、少し離れたところにいた僕は、一体何事が起きたのか、とオロオロした。
あとで聞くと、雨でボールが手につかず、RBの選手が何度もファンブルしたことに、守備のリーダーである副将が腹を立て「もっときちんとやれ、こんなことしてたら練習にならないじゃないか」と、攻撃の責任者である主将に詰め寄ったのだという。練習への取り組みについて不満があれば、その場で即座にぶつかっていく。たとえ相手が主将であっても、いうべきことはいう。
その場は激しくやり合っても、それが感情のもつれにつながることはない。今年の幹部は、そういう信頼感、強い絆で結ばれているからこそ、遠慮なく感情をむき出しにすることができるのだ、と妙に感心し、納得した場面だった。
夏の暑い日、照りつける太陽の下で、営々と股関節や肩胛骨の可動域を広げる練習に励んでいた選手たちの姿も忘れられない。大きな声で互いに声を掛け合い、汗をぬぐうまもなく、体幹の強化にいそしむ。地味な練習であり、すぐには効果が表れない鍛錬である。けれども、体幹を強化し、股関節や肩胛骨の稼働域を広げることは、昔から相撲取りや武芸者が取り組んできた稽古法である。
ある日僕は、現代の日本を代表する武術者として知られる甲野善紀さん(師匠のことはNHKが今週木曜日午後10時55分からの番組で特集するそうだ。そこでは、僕が撮影した、師匠と巨人のエースだった桑田真澄さんが稽古中の写真も登場するというから、お暇な方は注目して下さい)の肩胛骨の動きを見せていただいたことがある。体をゆるめると肩胛骨自体が折りたたまれてなくなったように見えるし、力を入れると、背中全体が張り詰め、まな板か鉄板のようになってしまう。その稼働域の広さを目のあたりにして、これが師の「驚嘆の武術、体全体を参加させた動き」の源にあるのだと実感した。
肩胛骨や股関節の稼働域を広げることは、けがのない体を作ることでもあり、人間の体で一番強力な大腿の筋肉を全身に効率よく伝えて、ブロックやタックルの威力を倍増させる源でもある。
今季、ファイターズの選手たちの多くが大きなけがをすることもなく戦えているのは、冬から夏にかけて、こういう地味な取り組みを営々と続けてきたからではないか。夏休み、学生たちの姿の消えた大学に登校し、ひたすらファイターズの選手やトレーナー、マネジャーらが地味な練習に取り組んでいた姿を思い出すと、ある種の感慨を覚える。
こういう場面はしかし、いつの時代のチームにも「普通」にあったことだろう。仲間を励まし、時には激しく感情をぶつけ合い、そして人の見ていないところで地味な練習を積み重ねる。それをことさら言い立てず「スタンダード」「当たり前」としてきたのがファイターズの強さの根源だったのではないか。
今季ファイターズの「スタンダード」「標準」がなぜか新鮮に見えるのは、先に挙げたような場面が日常の風景になっていることが関係しているのだろう。「当たり前」が「当たり前」として機能しているのである。
この「当たり前」を、これからの困難な戦いでも発揮してほしい。目の前には京大、その向こうには立命が控えている。冬から春へ、春から夏へとひたすら鍛えてきた成果を発揮するのはこれからだ。
ファイターズは、いまが伸び盛り。4年生を中心にした強固な結束力で、さらなる高みを目指してほしい。日々、発展を続けてきたチームが試合を重ねるたびに、もっともっと強くなっていく姿が見たい。
例えば春先、甲山までの走り込みの練習でこんな場面に出くわした。先頭から遠く引き離された最後尾の4年生が第3フィールドに戻ってきた時のことだ。その選手は強靱な体を持ち、当たる力も瞬発力もあるが、長距離走は苦手らしい。息も絶え絶えの様子で、両脇をマネジャーとトレーナーに抱えられるようにして、八幡神社の角を曲がり、フィールド入口のロータリーに姿を見せた。
それを出迎えたのが一足早くゴールしていたK大西君ら数人。「もう一息!」「がんばれ!」と声を掛け、励ましながら、一緒に走り出した。その声に元気づけられて選手は、一瞬、うれしそうな表情をみせ、最後の力を振り絞って、ゴールまでを走り切った。
選手に伴走して、最後まで走り切らせたマネジャーとトレーナー。自身も疲れているはずなのに、わざわざ出迎えにきて、フィニッシュを決めさせた仲間たち。このシーンを巧まずして演出した関係者全員が4年生だったというところに、今季のチームの結束力を見た。
春のシーズンが始まった頃には、雨の日の練習でこんな場面にも遭遇した。主将の松岡君に副将の長島君が激しくくってかかり、殴りつけそうになったのだ。それも1度だけではなく、2度、3度。そのたびに周囲が止めに入って事なきを得たが、少し離れたところにいた僕は、一体何事が起きたのか、とオロオロした。
あとで聞くと、雨でボールが手につかず、RBの選手が何度もファンブルしたことに、守備のリーダーである副将が腹を立て「もっときちんとやれ、こんなことしてたら練習にならないじゃないか」と、攻撃の責任者である主将に詰め寄ったのだという。練習への取り組みについて不満があれば、その場で即座にぶつかっていく。たとえ相手が主将であっても、いうべきことはいう。
その場は激しくやり合っても、それが感情のもつれにつながることはない。今年の幹部は、そういう信頼感、強い絆で結ばれているからこそ、遠慮なく感情をむき出しにすることができるのだ、と妙に感心し、納得した場面だった。
夏の暑い日、照りつける太陽の下で、営々と股関節や肩胛骨の可動域を広げる練習に励んでいた選手たちの姿も忘れられない。大きな声で互いに声を掛け合い、汗をぬぐうまもなく、体幹の強化にいそしむ。地味な練習であり、すぐには効果が表れない鍛錬である。けれども、体幹を強化し、股関節や肩胛骨の稼働域を広げることは、昔から相撲取りや武芸者が取り組んできた稽古法である。
ある日僕は、現代の日本を代表する武術者として知られる甲野善紀さん(師匠のことはNHKが今週木曜日午後10時55分からの番組で特集するそうだ。そこでは、僕が撮影した、師匠と巨人のエースだった桑田真澄さんが稽古中の写真も登場するというから、お暇な方は注目して下さい)の肩胛骨の動きを見せていただいたことがある。体をゆるめると肩胛骨自体が折りたたまれてなくなったように見えるし、力を入れると、背中全体が張り詰め、まな板か鉄板のようになってしまう。その稼働域の広さを目のあたりにして、これが師の「驚嘆の武術、体全体を参加させた動き」の源にあるのだと実感した。
肩胛骨や股関節の稼働域を広げることは、けがのない体を作ることでもあり、人間の体で一番強力な大腿の筋肉を全身に効率よく伝えて、ブロックやタックルの威力を倍増させる源でもある。
今季、ファイターズの選手たちの多くが大きなけがをすることもなく戦えているのは、冬から夏にかけて、こういう地味な取り組みを営々と続けてきたからではないか。夏休み、学生たちの姿の消えた大学に登校し、ひたすらファイターズの選手やトレーナー、マネジャーらが地味な練習に取り組んでいた姿を思い出すと、ある種の感慨を覚える。
こういう場面はしかし、いつの時代のチームにも「普通」にあったことだろう。仲間を励まし、時には激しく感情をぶつけ合い、そして人の見ていないところで地味な練習を積み重ねる。それをことさら言い立てず「スタンダード」「当たり前」としてきたのがファイターズの強さの根源だったのではないか。
今季ファイターズの「スタンダード」「標準」がなぜか新鮮に見えるのは、先に挙げたような場面が日常の風景になっていることが関係しているのだろう。「当たり前」が「当たり前」として機能しているのである。
この「当たり前」を、これからの困難な戦いでも発揮してほしい。目の前には京大、その向こうには立命が控えている。冬から春へ、春から夏へとひたすら鍛えてきた成果を発揮するのはこれからだ。
ファイターズは、いまが伸び盛り。4年生を中心にした強固な結束力で、さらなる高みを目指してほしい。日々、発展を続けてきたチームが試合を重ねるたびに、もっともっと強くなっていく姿が見たい。
posted by コラム「スタンドから」 at 09:24| Comment(0)
| in 2011 season
